燭へし未成立の本丸にうちの宗へしがお邪魔する話

ぶつ切りだけどちょっと浮かんだネタ。うちのバカップル宗へしが他本丸にお邪魔する話。たぶん訪問先は燭へし本丸だと思う。
長谷部くんは愛されてる自信満々で無邪気だし宗三さんは全肯定だし、こいつら練度高いくせに手に負えねえ……って戦慄されるやつ。訪問先の宗三さんは長谷部くんに落ちる。
落ちるといってもあくまでも保護者的感覚なので恋愛感情ではない。この経験があれば言葉がキツイ長谷部くんにもめげずにさらっと言葉が返せるようになるし、思ったように反撃してこない宗三さんにモヤモヤして長谷部くんも落ち着いていくと思う
(これは燭へし本丸です)(宗へしの話しかしてない)

全ての宗三さんは織田時代の感情ひきずって長谷部くんを甘やかしたいと思っているというマイ設定と、それに対する一般的な長谷部くんの心情。織田時代に幸せだったと認めると、『あの男』を詰る言葉に迷いが出るから。だから「へし切」と呼んで甘やかそうとしてくる宗三さんは受け入れられない。

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 出陣も内番も割り振られない一日は、どうにも暇を持て余す。
 普段ならば縁側にでも出て暇を潰すのだが、今はよその本丸のへし切長谷部と宗三左文字が来ているという。よその自分などとは顔を合わせたくないので、しぶしぶ自室に引きこもっていた。
 だというのに、嫌でも聞き慣れた声が外からかけられる。
「宗三左文字、いるんだろう」
「……いますけど、何か用ですか?」
 うちにいるのと同じ声だが、わざわざ部屋まで来て声をかけるなどうちの長谷部はまずしない。
 十中八九向こうの本丸の長谷部だろうと考えて、ただでさえ沈んだ気分がさらに重くなる。向こうの自分に会いたくないのと同様に、向こうの長谷部にも会いたくはなかった。
 やけに弾んだ声が、神経に障る。返した声色は誰がどう聞いても不機嫌なものだっただろうに、声の主はそれを全く気にかけなかったようだ。
「お前に会いたいんだ。開けてくれないか」
「僕は会いたくありません」
「……そうか」
 明るい声を撥ね付けると、流石に少しは傷ついたのか、少し寂しげな声が返る。そこにもうひとつの声が加わった。
「いいじゃないですか、少しくらい。長谷部がしょんぼりしちゃったじゃないですか」
「だから何なんです? 僕は会いたくないと言っているんです。そこの長谷部の機嫌なら貴方が取って下さい」
「もちろんそれは取りますけど、まずは長谷部の希望を叶えてあげたいので。ここ、開けていいですよね? 開けますよ」
「ちょっ……」
 流石自分同士と言うべきか、遠慮というものがない。だから嫌なのだ。
 相手をしなければよかった。そう後悔する間も躊躇もなく、がらりと襖が開けられる。
 涼しい顔で襖に手をかけた向こうの本丸の自分の隣に、やたら目を輝かせた向こうの本丸の長谷部が立っている。その長谷部は目を輝かせたまま、こちらに向かって抱きついた。
「え、何ですか、やめ、やめて下さい!」
「おい宗三、ここの宗三かわいいぞ!」
「かわいい……? まあ、どうでもいいですけれど。貴方の気が済むようになさりなさいな」
 向こうの長谷部は修行済みで、なおかつ高練度ということでやたらと力が強い。というか、元々長谷部に抵抗できる筋力など自分にはないのだ、悔しいことに。それでも少しでも抵抗の意をあらわすように、思い切り顰め面をしてやれば、長谷部はまじまじとこちらの顔を眺めてきた。
「俺にそんな顔するお前、久しぶりに見るな」
「他所の本丸ではわりと見る光景ですけど、僕達、もう演練に出ることないですもんね」
「貴方、この長谷部のこと甘やかしすぎじゃないですか」
 ひとの顔を見て勝手なことを口々に言う二振り組に、主にこの惨状を眺めるだけ眺めて何もしようとしない自分に対して当てこすり、睨みあげる。
 そんなこちらの態度など意にも介さず、向こうの自分は鼻で笑った。
「羨ましいでしょう」
 シンプルにムカつく。
 何が羨ましいものか、と言い返せればよかったのだが、残念ながら相手は間違いなく自分の同位体だ。そんな強がりが通じる相手ではないのはわかっていた。
「……長谷部貴方、なんで僕に構うんです? 貴方とそう仲良くする理由なんてないと思いますけど」
 僻みと、本心を乗せて吐き捨てる。こちらの長谷部は、僕に甘やかされてなどくれない。過去の日々などなかったかのように、織田の記憶に怨嗟を吐いてただひたすらに今の主を慕う。
 あの子を甘やかした過去などないように、ただ同じ本丸にある一振りとしか見てくれない。
「何でだと? そんなの、お前が愛しいからに決まってる」
「……後ろの僕に折られません?」
「そういう意味じゃない、わかってるだろ」
 すわ修羅場か、と肝を冷やしかけたが、後ろで突っ立っている向こうの自分はつまらなそうにこちらを、いや長谷部を見るだけで何も反応しなかった。
「あの頃俺を愛してくれたお前に、無関心でいられるわけがないだろうが」
 その言葉に、はっと息を呑む。
 この長谷部は、あの頃のことを受け入れている。
「……貴方は、へし切なんですね」
 『長谷部』の極めを受ける前の、ただのへし切。かつて共にあった、織田の刀。
 僕の言葉に、長谷部は気まずそうに目を伏せる。
「……どこの本丸の俺も、へし切としての記憶はある。だが、それを表に出せるほど、素直な性格はしていない。修行にも行っていないなら尚更だろうな」
 覚えている、忘れられるわけがない。あの頃、お前に、──信長様に愛されて幸せだった。
 だが、それを認めるわけにはいかないんだ。わかるだろ。
 そしてそんな恩知らずな俺を、また愛してくれなんて言えるわけがない。お前には嫌われるに決まってる、そう思い込むのが俺だっていうのもわかるだろ。
 愛されちゃいけないと、思い込むのが俺だって、わかるだろ。
 こちらに抱きついたまま、目を伏せたままで溢す『へし切長谷部』の心境に、目が眩みそうになる。
「全く、なんて、面倒くさい……」
「そういうところも、可愛いでしょう?」
 蜜の滴りそうな甘い声で、向こうの自分が言う。
 ああ可愛い、可愛いのだが、そんな長谷部をここまで素直にさせるまで愛を注いだのだろうことが容易に想像できて、やはり向こうの自分は長谷部を甘やかしすぎだと思った。
「お前はここの俺とうまくいってないんだろう? 代わりに俺を甘やかしていいぞ」
 へし切長谷部に、こんなことを言わせるくらいなのだから。
「……貴方はいいんですか?」
 目を眇めてこちらを、いや多分長谷部を眺める向こうの自分に問いかける。相手はそんな問いかけが意外だと言うように目を瞬かせて、あっけらかんと口を開いた。
「別にいいですよ。僕は僕ですし」
「それ、長谷部の前で言うのはよくないんじゃないですか」
「うちの長谷部は理解してくれていますから大丈夫です」
 自分の個体差意識の薄さを指摘すると、涼しい顔で答えが返ってくる。まあこの僕が言うならいいかと、まだこちらを抱きしめていた長谷部の首筋に顔を埋めて抱き返した。
「……じゃあ、へし切って呼んでもいいですか?」
「別に構わん。ただ、他の俺には言うなよ」
「わかってます」
 甘やかしていいと言われたが、これではどちらが甘やかされてるのだか。
 何百年ぶりかもわからない懐かしい感触に、今はただ浸ることにした。

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 ざわ、と周りの刀たちがざわめいた。それも当然だろう。こんな異様な光景、驚かないほうが無理がある。
「長谷部が、宗三を侍らせてる……!」
 長谷部と一緒に来た、同じ本丸の宗三だけならわかる。見慣れたとまではいかないが、こちらに来た当初からあの二振りの距離は近かった。
 だが、そこに今は、うちの本丸の宗三まで加わっている。長谷部の右手に宗三、左手に宗三、まさに『侍らせている』と言っても過言ではなかった。
「え、何あれ、あの長谷部ってなんかフェロモンでも出てんの? 宗三特効の」
「知るか、気色悪いものを見せられたこっちの身にもなれ」
 しかもうちの宗三は、あの長谷部のことを『へし切』と呼んでいる。どう考えても地雷ではと思うのだが、あの長谷部は特に何も反応せず、普通に返していた。何あれ亜種?
 見ていられない、と近侍室に籠ったうちの長谷部と、長谷部についてきた燭台切、元から今日の近侍だった俺の三振りで、かの椿事について話していた。
「気色悪いは言いすぎじゃない? 長谷部くんももうちょっと宗三くんと仲良くすべきだと思うよ」
「鶴丸が悪戯を辞めるようになったら考えてやる」
「オーケー、それ鶴さんに言ってくるね」
「前言撤回する。やめろ」
 鶴丸なら、そう言われれば面白がって本当に悪戯をやめるだろう。そう思い当たって燭台切を止める長谷部に、なあんだ残念と俺は内心口を尖らせた。
「でも、わかんないよね。なんでうちの宗三はあの長谷部に懐いちゃったの? お前とはめちゃくちゃ仲悪いのに」
 俺の言葉に、長谷部は気まずそうに身を捩る。その様子に、心当たりがあるんだろうと無言で言葉を促すと、決まり悪げに口を開いた。
「……あの俺は『へし切』と呼んでも怒らない。だからだろうな」
「どういうこと?」
 燭台切も不思議そうに口を挟む。しかし、長谷部はむっと口を閉じたきり開かない。これ以上語るつもりはないようだった。
「まあでも、それも不思議だよねー。なんであの長谷部は怒んないの? お前、わかる?」
「よその同位体のことなんて俺が知るか」
「そりゃそうだけど」
 にべもない回答に、がくっと肩が落ちる。
「大体、なんで宗三なんだ。あの俺は」
 長谷部の顔が苦々しく歪む。
 そこからして理解できんと吐き捨てる長谷部の様子に、どこかほっとした様子を見せた燭台切が視界の端に写った。
 あんまり見たくはなかったな、と思いつつ、知らない顔をして話を続ける。
「すごいよね、あの二振り」
 そもそもあの二振りが来ることになった理由は、本丸同士の情報交換と、こちらへの指導のためだった。
 こちらの主とあの二振りの主がひょんなことから意気投合し、相手の本丸が古参で練度も高いことから、こちらに指導をできる刀を一週間滞在させようということになったらしい。
 確かにあの長谷部も宗三も、練度は非常に高い。高いのだが、もうちょっとマシな刃選はなかったのかと言いたくなるほど個性が強かった。
 あの長谷部は、本当にへし切長谷部かと聞きたくなるほど穏やかで、素直で、物怖じしない。いや、物怖じしないのはへし切長谷部らしくて、それがまた厄介だ。
 まあそれくらいなら『付き合いやすい長谷部だな』で済むのだが、一緒に来ている宗三がひどい。物憂げな様子やら皮肉げな様子などばっさり投げ捨てて、緩んだ雰囲気を纏ったまま長谷部の後をついて歩いては甘やかす。
 そんな二振りの様子は砂糖を吐きたくなるほど甘ったるくて、正直見ていられない。同位体である長谷部や宗三は辛いだろう、と思っていた。宗三は違ったようだが……
 ちなみに、審神者同士交わされたのが「うちの一番やべー奴ら送ってやるから」という悪ノリだったことは刀たちには知られていない。ご愁傷さまなことである。
「うん、すごいよね……長谷部くんも宗三くんも」
「凄いというか、気持ち悪い」
 あいつら見てると吐きそうだ、と長谷部がぼやく。さもありなん、と俺は心の中で唱えた。自分の同位体が、旧知とはいえ仲の悪い相手にあれだけ甘やかされてるのを見るのはそりゃ気持ち悪いだろう。俺も安定にあんなことされてる自分を見たら折れたくなるだろうし。
「でもあの長谷部くん、幸せそうだったな」
 ぽつり、と燭台切が呟く。その言葉に、長谷部が眉を吊り上げた。
「何だそれは。俺は幸せそうに見えないとでも言うのか」
「違うよ! そうじゃないんだけど」
 燭台切に詰め寄る長谷部に、慌てて燭台切が首を振る。考えるように唇を舌で湿して、口を開いた。
「あの長谷部くんには、自分は愛されてるって自信があった。だからかな、険が取れた感じがするというか、穏やかな感じがするというか。多分、幸せなんだろうなあって」
 そう言って燭台切は口を閉ざす。
 長谷部も自分で問い詰めたくせにむっつり黙り込んでしまって、関係ないのに気まずい気分になった俺は後先考えず言葉を発した。
「なら、燭台切もあの宗三みたいにしてみりゃいいじゃん。なんて」
「ハァ?」
 途端長谷部のドスの効いた声が上がり、言わなきゃよかったと後悔した。
「冗談じゃない、あんな腑抜けた鈍らになってたまるか。大体同僚に愛されたからって何になる。俺が欲しいのは主の信頼だ」
「だ、だよね」
「長谷部くん、それってさ。君もあの長谷部くんと同じようにされたら、腑抜けて鈍らになっちゃうってことなのかな」
 長谷部の言葉に頷いて流してしまおうとしたら、燭台切が食い下がってきて俺は押し黙った。
 静かに発せられた声の調子とは裏腹に、そこには何らかの覚悟が乗ったような真剣さが滲み出ていて、本当に言わなきゃよかったと改めて悔いる。
「言葉の綾だ。俺はああはならん」
「わからないよ? あの長谷部くんも長谷部くんだし、君も同じ長谷部くんだ。君にはああやって無条件に愛してくれるひとが必要だったのかな」
「いらん。言っただろう、同じ立場の刀からそんなもの貰ったところで、何にもなりはしない。そんなものより主からの誉れが欲しい」
「あの長谷部くんを見てたら、そうは思わないかな」
「あいつと俺とは別だ!」
 何だろう、何なんだろう、これ。
 さっきは見ないふりをしたけれど、さすがに目の前でやり取りされたら認識せざるを得ない。
 燭台切は長谷部のことが好きなんだろう。薄々そんな気はしてた。でもだからって俺の目の前でこんなやり取り始めないでほしい。二振りきりでやって。
 そんな俺の気持ちをよそに、燭台切と長谷部の会話は熱を増していく。
「そうだね、別だ。でも僕は、君には幸せになって欲しいんだ。いや、僕が幸せにしたい。その為ならどんなことだって出来るよ」
「……何を言っている?」
「君が好きだよ、長谷部くん。僕にも君を甘やかさせてくれないかな」
 熱の篭った燭台切の告白に、長谷部は息をつまらせて燭台切の顔を見る。その頬はほのかに赤らんでいて、答えは他刃から見ても明らかだった。
 俺はなんでこんな所に挟まれてるんだと思う。虚しくなった俺は、喉から声を絞り出す。
「……あのさあ、お前ら忘れてるみたいだけど、ここ、近侍室なんだよね」
 俺の乾ききった声に、はっと二振りが身を固くする。途端に気まずそうな顔をした二振りに、笑顔で親指を下げて吐き捨てた。
「続きは自分たちの部屋でして。誰も止めないから」

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