遠くに想う

 周りすべてが炎に包まれている。主が命を絶ったその瞬間までは静寂を保っていたこの部屋も、既に十分炎に撒かれ、柱は焼け落ち、調度品は炭になりかけ黒ずみ、それは自分も薬研も、他の刀たちも例外ではない。
 刀としての形を失い、付喪神としての形を失いかけたぼんやりとした意識で思う。ここに、あの刀がいなくてよかったと。
 きっと彼はこの場にいることを望んだだろう。最期の最期まで、いや最期を迎えた後ですらついていきたがるような刀だった。
 だからこそ、この場にいないことを、こんな中で唯一喜べる。
 今はどこにいるのか、下げ渡された主とともに中国のほうへいるのか。
 今この場でなく、その場にあることを、遠くから祝福する。きっと、当刃にとっては不本意で不愉快な寿ぎなのだろうが。
 稀代の名刀と愛でられることも、天下人の象徴として語られることも、きっと刀にとっては最上級の幸せなのだろう。
 けれど、そんなことより永くあること、人の世が変わり世情が変わり、人々の暮らしが想像もできないくらいまるきり変わってしまったあとでも、永く永く残り続けること。そんなことを彼に望むのは、おかしなことなのだろうか。
 それを、愛と認めてはもらえないだろうか。
(きっと、彼はそれを望まないのだろうな)
 物理的にも精神的にも溶けかけたうちに独白する。あれはあまりに一途だった。おそらくは、人間の家臣のように、一人の主に生まれてから亡くなるまで、全てを捧げて死んでいくのが無上の幸せというタイプなのだろう。
 けれど、僕も彼も刀である。たとえ望まなくても、本体さえ無事なら主はどんどん変わっていくし、簡単に人の手に渡り継がれていく。
 そのことを、いつか彼が幸せだと思えますよう。らしくもなく祈る。
 誰に対して祈るというのだ? 自分の発想に苦笑する。
 天魔を殺す第六天魔王の刀が神に祈るなど笑わせる。ただ、何でもいい。神仏に頼れないなら、己自身に対して祈ってやる。
 彼がこの場にいないことが、幸せでありますように。永く残り続けることを、幸せだと思えますように。
 そう祈ることが、もう出会えることはないであろう、自分から彼への精いっぱいの愛だった。

0