そろそろ長谷部の手入れの終わる時間だろうか、と気づき、宗三は物入れから針のようなものと小さな容器、消毒液を取り出す。
容器に消毒液を入れたところで、がらりと戸が開けられた。
「戻った」
「ああ、おかえりなさい。……で、今回も開けるんですか?」
「当たり前だろう」
血で汚れた装束も、あちこち切れていた皮膚も全て何もなかったかのようにきれいに戻った長谷部を、準備したものを広げた机の前に座らせる。宗三はやれやれといった態度で、脱脂綿を消毒液に浸した。
「ピアスは持ってきてます?」
「ほら、これだ」
長谷部は懐から小さなケースを取り出すと、中のものを開ける。シンプルな石がひとつついただけの、飾り気のないピアスが一組そこにあった。
それを宗三は受け取り、消毒液の入った容器の中に漬ける。
宗三は長谷部の横に座り、長谷部の耳たぶを検分する。つい先ほどまで穴が開いていたはずのそこには、傷跡のひとつも残っていなかった。
個別包装された針の封を切り、長谷部の耳たぶに当てる。
「じゃあ、刺しますよ」
長谷部の体がすこしだけこわばる。宗三は手慣れた様子で、長谷部の耳たぶに針を刺した。
先ほど消毒液に浸したピアスの片方を取り、針の尻に当てて貫き通す。もう片方も同じように通して、長谷部の両の耳にピアスが通った。
「はい、できましたよ。鏡見ます?」
「ああ」
長谷部の返事に、宗三は手鏡を持ってくる。受け取った長谷部は、鏡をのぞき込んで口元をほころばせた。
「そんなに嬉しいですか、それ」
「……ふふ」
どこか呆れた調子を含む宗三の声にも、上機嫌な笑いをこぼすばかりだ。
そんな長谷部のことを仕方なさそうに見つめる宗三だって、内心悪い気はしていない。
いつからこれを始めたのか、きっかけは何だったのか、もう覚えていない。
けれど、いつからだか、長谷部はピアスを身に着けるようになった。
開けるのは簡単だ、けれどピアスの穴は所詮「傷」なので、手入れで塞がってしまう。
それを毎回開けてやるのが、宗三の役割であり、ふたりの楽しみにもなっていた。
毎回塞がってしまうのだからイヤリングにすればいいものを、ピアスにこだわるのも長谷部らしいといえば長谷部らしい。おそらくは共同作業が欲しいのだろうな、「体感」として「着けている実感」が欲しいのだろうな、と宗三は見当をつけていた。あながち外れてもいないはずだ。
開けた直後にやたらと触るのはよくない。長谷部もそれはわかっているだろうに、嬉しそうに自分の耳に開いたピアスに触れていた。
「嬉しいさ。だって、ここにお前がいる」
ピアスを開けたへし切長谷部なんてものは珍しい。
珍しいということは、それだけひと目を惹くということだ。
ある日の演練会場のこと、長谷部がいつも顔を合わせる本丸の、これまたいつも参加している他の本丸の和泉守は、いつも目にする長谷部のピアスにとうとう触れた。
「よお。あんた、いつもピアスつけてるな。へし切長谷部にしちゃ珍しい」
声をかけられた長谷部は、一瞬きょとんとした顔をした後、顔を綻ばせて話題に上ったピアスに触れた。
「まあ、珍しいだろうな。俺も別個体の自分が付けているのは見たことがない」
「いいじゃねえか。せっかく肉体を持って顕現してるんだ。着飾らなきゃ損だぜ」
和泉守は満足そうに頷いた後、あれ、と何かに思い当って首をひねった。
「……でもよ、それ、元から開いてるわけじゃねえよな?」
「そうだな」
「俺のピアスは顕現された時から着けてるもんだ。でもあんたのは後付けだろ? 手入れで塞がったりしねえのか?」
不思議そうに問いかける和泉守に、長谷部はよりいっそう、花が綻ぶような笑みを浮かべて答えた。
「ああ、塞がるな。だから毎回開けなおして貰ってる」
「へぇ……」
明らかに別の誰かに開けてもらっているという答えに、和泉守はあえてそれが誰かと聞くのはやめておいた。
左右色違いでつけられた、青と緑のピアス。それをつけたのが誰かだなんて、聞くだけ野暮というものだ。
ましてや、答えた時のこの表情。馬に蹴られるのはごめんだった。