ばらばら、と雨が地面を叩く音が聞こえて、長谷部は書類に向けていた視線を上げた。
外につながる襖は閉められている。外が見えるわけではないが、習慣でそちらに目を向ける。
この部屋に入ってきたときは外は明るかったはずなのだが、外からは雨が地面を叩く激しい音と、遠くにゴロゴロと唸る雷の音がする。この時期特有の夕立か、と思い、一旦作業を中断して腰をあげた。
襖を開けて一歩廊下に出る。幸いにして風は強くないのか、吹き込んでくることはない。確か今主は万屋へ出かけているはず、と思いながら玄関で靴を履き、予備の傘を二本手に取る。自分も傘を差して外に出た。
すると、数歩いかないうちに、外からこちらに歩いてくるふたつの影が目に入り、そちらに向かって駆け出す。
おそらくは折りたたみ傘であろう、少し小さめの傘の中に、おさまっている影がふたつ。主と、その護衛で付き添っていた宗三だった。
「あ、長谷部。迎えにきてくれるところだったの? ありがとう」
「……いえ、気づくのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
にこりと笑み礼を言う主に対して、頭を下げる。すぐに持ってきた傘の一本を手渡した。
外のほうからぴっとりと寄り添って、こちらに歩いてくる影を見て、胸のうちを焦がした苦い感情をごまかすように。
胸の中を渦巻く黒い感情、これは嫉妬だ。わかっている、けれど、わからない。
「貴様、主に傘を差し出すなら、まるごと渡せ。肩が濡れていらっしゃるだろうが」
「え、嫌ですよ。これ一本しか持ってませんし。僕はどうすればいいって言うんですか」
「走れ、濡れて帰れ。それくらい主の刀なら当然だろう」
「絶対に嫌ですけど」
宗三にいつものような口をききながらも、長谷部は内心、ひどく混乱していた。
その嫉妬が、主と並んで立つ宗三に対してなのか、宗三の隣に寄り添う主に対してなのか、わからなかったのだ。
ふう、と宗三が息を吐く。一つの傘に収まって抜けた隣を埋めるように、宗三はこちらの傘の中に入ってきて、自分の差していた傘を閉じる。あわてて傘を傾けて、相手が濡れないようにした。
「おい、お前」
「じゃあ今度は、あなたの傘に入れてもらうことにしますかね」
「どうしてそうなる! 自分で傘差してただろうが、そのまま玄関まで戻れ!」
くすくす、という小さな笑い声で我に返る。そちらに目を向ければ、主が口に手を当てて笑っていた。
「ほんとうに、長谷部と宗三は仲がいいわね。じゃあ、私は先に戻っていますから」
ごゆっくり、と、謎の言葉を残して、おっとりとした口調とは裏腹に、すたすたと玄関まで戻っていく主の背中を、一瞬ぼうぜんと見やる。言葉の意味が脳に届いたときには、もう玄関の戸をくぐってしまった後だった。
「ちょっ……! どういう意味ですか、主!」
「まあ、あなたとゆっくりするのはやぶさかじゃありませんが、雨の中は嫌ですね。戻りましょうか」
しれっとのたまう宗三に、急かされるように腕をひかれる。そのまま腕組みまでさせられて、頭を掻きむしりたい気持ちでいっぱいだった。
その嫉妬はどちらの方へ
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