厨から漂う甘い香りに、また小豆あたりが菓子作りをしているのかと思い当たる。ご相伴に与ろうと顔を覗かせれば、そこには予想外のものが立っていた。
「あれ、あなたでしたか」
「なんだ、ご挨拶だな。俺がここにいるのがそんなにおかしいか」
そんなことはない。だが、甘い匂いが長谷部の手元から漂ってくるのはなんとも珍しい。というか初めて見る。
物珍しさに手元を覗き込むと、なにやら小さな丸い焼き菓子に、粉糖をまぶしていたようだ。
「何を作っていたんですか?」
「ブールドネージュ、というらしい。小さい雪玉みたいな菓子だな」
「またあなたらしくもないものを作っている」
「うるさいな、そんなに言うならお前にはやらんぞ」
「え、くれるんですか」
「それが目的で来たんじゃないのか」
「それはそうですけども」
無駄話をしながらも、長谷部は慣れない手付きで粉糖をまぶしていく。
「しかしまた、どうして菓子作りなんかしてるんですか?」
最初に長谷部を見たときの疑問を問いかける。言うまでもなく、普段長谷部は菓子作りなどしない。そもそも料理だってあまり得意ではないのだ。
いや、得意じゃないと言うのは語弊がある。レシピ通りに作りすぎて、やたらと時間がかかるのだ。
自分ひとりで飯を食うときには、沢庵を切らずに丸かじりするようながさつさがあるくせに、他のものが食べるとなると、とたんに几帳面になるらしい。長谷部に手伝ってもらうと時間がかかってしょうがない、とは、歌仙のぼやきだったか。
閑話休題。とにかくそんな長谷部が、菓子作りである。
長谷部はあくまで手元から目を離さず、疑問に答えた。
「ああ……お前も俺が料理が不得手なのは知っているだろう? その様子を見ていた燭台切が、俺には菓子作りが向いてると小豆を連れてきてな」
計量をきっちり図って、時間通りに火を通すあたりは菓子作り向きなんだと、と長谷部は続ける。
「それで、試しに焼き菓子を作ることになったんだが……小豆に微笑ましげに見守られて、短刀にでもなった気分だったな」
謙信と同じ扱いをされた気がする、と長谷部が呟く。なんだそれ絶対可愛いじゃないか、見たかった。
長谷部の手元から退けられた、完成品を見やる。なるほど、ころころと均等に丸められた菓子は、一見美味しそうだ。
「これ、全部あなたひとりで?」
「いや。生地を混ぜたのは小豆だ。俺には『さっくりと混ぜる』の意味がわからん」
ただ、見本は見たから次はできるはずだ、と続ける。長谷部に次を作る気持ちがあることに驚き、それならばと願望を口に出す。
「いつか、僕だけのために作ってくれますか」
具体的には来年の二月あたりが望ましい、とは、思いはしても口には出さない。
そんなこちらの内心など知りもせず、長谷部は簡単に頷いてみせた。
「ああ、いつかな」
「期待してますよ」
それはもう、おおいに。
それはそれとして、今作っているものも一番に口にしてみたい。
「ねえ長谷部、それ、一つくださいな」
「そこにあるのから適当に摘んでいいぞ」
「そうじゃなくて」
あ、と口を開けてみせる。それを見て長谷部は察したか、きゅっと眉根を寄せてみせた。
しかし何も言わず、仕方ないなという風にため息をひとつだけ落として、今しがた粉糖をつけたばかりの菓子をそのままこちらの口に運ぶ。
「ほら」
長い指先がこちらへ伸びる。口の中に菓子を押し込まれた時に、わざとその指先に舌で触れてやれば、びくっと指先が震えた。
素知らぬ顔して口の中の菓子を咀嚼する。ひとつ噛んでさくりとほどける感触、口の中に広がるアーモンドの香ばしい風味。なるほど、見た目通りに十分美味しい。
「……どうだ?」
実は俺はまだ試食していないんだ、とおずおずとこちらを見る長谷部に、不安を払拭させるように微笑んでやった。
「美味しいですよ。初めてでこれなら、十分上出来かと」
「そうか、よかった」
手を洗ってくる、とそそくさと後ろを向いた長谷部の、ちらっと見えた首筋は赤くなっていた。
甘い香り
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