渡すものか

 死角になるところから、そっと様子をうかがう。
 長谷部の向こう側には、のぼせた顔でじっと長谷部を見つめる女生徒が立っていた。
 一度も染めたことのないような、腰までのまっすぐな黒髪。きっちり膝下で揃えられたスカート。少々やぼったい印象を受けるが、目鼻立ちがはっきりとしたなかなかかわいい容姿をしている。前に組んだ小さな手できゅっとスカートを握る仕草は、男の庇護欲をそそるだろう。
(ああ、そういうこと)
 『お似合い』な二人を眺める頭の中は冴えているが、胸の内はどす黒い嫉妬と独占欲で溢れている。
 長谷部は、はじめこそつっけんどんで近寄りにくい印象を受けるが、実際近づいてみると実は誰よりも親身になって付き合ってくれる。不器用にやさしくて、ふと見せる抜けた部分がかわいらしい。見た目は言うまでもなく最上級で、これで誰も惹かれない方がおかしいのだ。きっとあの女子も、そんな長谷部の魅力に気づいてしまったものの一人なのだろう。
(けれど、この子は僕のものだ)
 自然と厳しくなる目で、女子を睨みつける。
 考えてみれば、こんな日がきてもおかしくはないのだった。けれど、なんの根拠もなく大丈夫だと、長谷部が僕以外の誰かにうつつを抜かすことなんてありえないと、そう思い込んでいた。
 そんなこと、あるわけがないのに。現に今、こんな場面を見つけて、みっともないくらいに動揺している。
 こちらからは背中しか見えず、長谷部の表情は伺えない。どんな顔をしているのだろうか。舞い上がって浮かれているのか、緊張しているのか、それともあの唐変木のことだから、この期に及んで何を言われるかわかっていないのか。もし万が一、嬉しそうな顔をしていたとしたら。それこそ僕は絶望で死んでしまう。
 体を苛む黒い感情に身を焦がして観察する中、意を決したように女子が口を開いた。
「あの、長谷部くん、私」
 その小さな口から決定的な言葉が出る前に、自分の体も勝手に動き出す。気づけば繁みをわざと揺らして大きな音を立てていた。
 ガサッという、あきらかに第三者のいる物音に、何かを言いかけた女子は反射的に口をつぐむ。
 自分の意識がついてこないうちに、体の動きは止まらない。そのまま草木を掻き分け、二人の前に姿をあらわした。
「ああ、長谷部、こんなところにいたんですか。探しましたよ」
「……宗三?」
 こちらの声に反応して、長谷部が振り返る。いつも通りのつまらなそうな無表情を少し怪訝そうに歪めて、こちらを見た。
 その表情に、邪魔されたという感情は見えなくて安堵する。
「今日はさっさと帰って遊ぶ日でしょう? なのにあなたったら教室にいないんですから。迎えに来てあげたんです。感謝なさい」
「いや、今日は少し用があるから待ってろって言っただろ」
「そうでしたっけ? 記憶にないですね。まあ、いいですけど。で、その用事とやらは終わったんですか?」
「……」
 言外に、終わったように見えるか?という言葉をにじませて、うろんな目でこちらを睨んでくる。その視線を受け流して女子の方へ目を向けると、赤くなったり青くなったり、こわばった顔で僕ら二人の間で視線をさまよわせていた。
「あ……あの」
「何ですか?」
 震える声で長谷部に声をかけてきた相手に、あえて自分が返事をする。返事をされたことで僕と視線があったその女子は、完全に怖気づいてしまったようだった。
「……ご、ごめんなさい! 帰ります!」
 まさしく逃げるように踵を返して、走り去っていってしまった。角に消えていく女子を二人で見送る。
「なんだったんだ、結局」
 事態を把握していなかったらしい長谷部が、憮然とした声でそう落とす。かわいそうに、何ひとつ伝わらないのだなと思いながら、だからこそほっとして長谷部の腕をとった。
「用は終わったんでしょう? 帰りましょうよ」
「ああ……」
 長谷部は少しだけ不思議そうに女子の走り去った方向を眺めていたが、少しだけ強めに取った腕を引いてやると、興味を失ったように前を向いた。

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