夏の初めの爽やかなそよ風。その微かな風に吹かれて、さくら色の髪がたなびく。それを長谷部はぼんやりと目で追っていたら、ぱちり、その持ち主と目があった。長谷部は慌てて目を逸らすが、持ち主から怪訝な目を向けられる。幸いにして距離はそこそこ開いている。こちらに寄って来られる前にと、長谷部はその場を逃げ出した。
またある時は、縁側で兄弟たちと涼んでいる姿を見る。水を張った盥に素足をつけて、時折足を跳ね上げ遊ばせる。ぱしゃりと跳ねる雫とその足に見惚れていると、末弟にふと気付かれ慌ててその場を立ち去った。
「で、ずっと見ているだけなのか?」
内番も出陣も、遠征もないのんびりとした休日に、押しかけてきた厚が呆れたようにため息をつく。言われた長谷部はといえば、言い返す言葉もなく机の上に突っ伏していた。
「だってしょうがないだろう。あいつを目の前にして何か喋れる気がしない」
「ウブだなー」
厚は茶請けのせんべいをバリバリとかじりながら受け流す。
「別に短い付き合いじゃないだろ。それに、必要なことならちゃんと受け答えできてるじゃねえか。それがなんで、こうなっちまうかねえ」
うぅ、と突っ伏したまま長谷部がうめく。まるで言葉もなかった。
けれどどうしたって、駄目なものは駄目なのだ。一度相手を意識してしまうと、途端に言葉が出てこなくなる。それで遠くから宗三を見つめては、気づかれるたびに気まずい思いをしながらその場を立ち去るのだ。
厚はしばらく机でうめく長谷部を興味なさげに眺めていたが、ふと顔を廊下に繋がる襖の方へ向ける。すぐに顔を長谷部の方に戻して、口を開いた。
「いい加減腹括って告白しちまえって」
「会話もろくにできないこの状態でか?」
「あんたが会話できるようになるまで待ってたら、この戦が終わっちまうよ。好きなんだろ? 宗三のことが」
「それは、そうなんだが……」
そこまで長谷部が答えたところで、どさり、と廊下で物が落ちる音がした。厚が立ち上がって襖を開ける。
物音に反射的に体を強張らせた長谷部は、そこにあった姿をみて完全に硬直してしまった。
「……え」
そこには、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら荷物を拾う小夜と、物を取り落とした姿のまま固まってしまった宗三が立っていた。
ぎ、と軋むような音を立てて、助けを求めるように長谷部は厚の方を見る。そんな目で見られた厚はといえば、ニヤニヤとした表情を隠さず立っていた。
「計ったな、厚……!」
「こうでもしねえと永遠に先に進まねえだろ、あんたは!」
厚の計画通りであった。
小夜と組んで、あらかじめこの時間にこの廊下を宗三が通るようにしておく。あとは頃合いを見計らって、わざと長谷部に思いを口に上らせる。計画が綺麗にはまって、厚はとても満足そうであった。
「じゃ、あとはごゆっくり!」
「ま、待て……!」
小夜と並んで立ち去る厚を引き止めようと長谷部が立ち上がったところで、その手をぐいと握られてまた動きが止まる。いつの間にか、宗三が目の前に立っていた。
「今の言葉、本当ですか」
「え、あ、その」
「本当ですか」
宗三の色違いの目が据わったように長谷部を見つめる。真剣そのもののその表情に、長谷部の喉がごくりと鳴った。
どのみち、先ほどの言葉を聞かれているのだ。今さら誤魔化しようもない。
覚悟を決めて、長谷部は口を開いた。
「そうだ。俺は、お前が――」
その後のことは、ご想像にお任せしよう。