🗐 てがろぐ

ほぼ壁打ちXみたいな場所です

No.241

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 あの腑抜けた笑顔を見るたび、胸の奥がざわつく。感情をわからないまま放っておくのは不快で、自然とそこにある感情を理解しようとした。
 胸のざわつきがある。どこか苛立ちにも似た感覚だが、不快感は不思議とない。むしろ浮足立つような、落ち着かない気分といった方が近い。あいつ自身のことを嫌っているわけではないんだと思う。
 好きか嫌いか、で言えば、嫌いではない。……いや、多少好ましくは思っている。そうでなければ、ただ肩を並べるだけの関係を続けたりなどしない。
 かといって自身が好ましいと思う他の対象──想いの持ち主であるまふゆや、彼女の仲間たち──に対するものとも、どこか違う気がする。そして、いつもここで思考が行き詰まるのだ。
 彼女たちに対する好意とは違う気がするが、何が違うのかわからない。
 『わからない』のは不快だ。もはや本能的に嫌悪していると言ってもいい。想いの持ち主たるまふゆ自身が、色々なことが『わからなく』なっているせいか、自身の気持ちが『わからない』ことに対しての嫌悪感が酷いのだ。

 劇団の座長をしているというだけあって、どこか包容力を感じさせる自分だった。幼いまふゆの記憶の中の母というのは、きっとこのようなものだったのではないかと思う。
 何が楽しいのか、この自分は時折こちらのセカイへ来て、他の奴らに絡んでいた。からかってもつまらないと早々に興味をなくしたルカと、遠くで見守るだけのスタンスを貫くメイコにはあまり干渉していないようだったが、ミクやレン、特にリンは可愛がっているようだ。
 これらのことは、別に俺が見ていたわけじゃない。こいつが俺の隣にも勝手に来て、勝手に話していくから知っただけだ。
 誰とも合わずセカイの片隅で座っているとき、どこからともなく現れる。『隣に座ってもいいかい?』なんて、断られるとは思ってもいない顔で。
 好きにしろと放っておけば、本当に好きに喋りだす。彼のセカイで練習中の新しいショーのシナリオだの、ぬいぐるみたちが雲から落ちそうになって慌てた話だの、こっちのレンとあやとりをして東京タワーができるようになっただの、リンと泉のそばを散歩した話だの、くだらない話だ。
 くだらないと思いつつ、こいつがそうやって自分たちのことを話す顔も、声の柔らかさも嫌いじゃなかったので、ただ隣で聞き続けていた。
 こいつの声は不思議と心に染み入るな、と思っている。同じ声のはずなのに、俺とはまるで性質が違う。まあ、俺がこんなふにゃふにゃした声になっては困るのだが。
 その日も小一時間ほど勝手に隣で喋って、じゃあそろそろお暇するねと腰を上げた。正直、この時間が少し苦手だった。顔を見れば胸がざわつくが、立ち去られるのもそれはそれで胸がきゅっとなる。表には出さないが。
「じゃあ、また今度」
「……ああ」
 最後にニコリと笑いかけて、奴はどこへともなく歩き去っていく。奴が言うにはこのセカイのどこかに出入り口があるらしいが、どこに出るかは毎回運任せなのだそうだ。
 その背中が遠ざかっていき、白い靄に隠れて消えるまで後ろ姿を見送る。ぼうっとしていると、横合いから急に声をかけられた。
「ふーん? カイトもそんな表情するんだ〜」
「……なんだ」
 いつから見ていたのか、振り向いた先には瑞希が、こちらの顔を覗き込むように中腰でかがみ込んでいた。その表情はにやにやと好奇心の現れたニヤケ顔で、思わず眉をしかめる。
「……そんな、とはどんな表情だ」
 あいにく、この何もないセカイに鏡などはない。誰かがどこかに持ち込んでいるかもしれないが、少なくともこの周辺にはなかった。
 笑われるほどおかしな表情をしていたかと、片手で頬を撫でる。特に代わり映えのないつるりとした触感が返ってくるだけだった。
「あ、無自覚? ちょっとは自分の表情筋も意識してみたほうがいいんじゃない?」
「……」
 余計な世話だ、と言い返そうとして、やめる。一理あると思ったからだ。
 瑞希はこちらの態度にも気を害した素振りなく、答える。
「いつもとは違う、穏やかな顔してたよ。眉間のシワとかもなくなっててさー。ボクたちの前でもあんな顔してればいいのに」
 あのセカイの自分は、位相が違うためか想いの持ち主達には見えない。それでも他のバーチャルシンガー達から『別のセカイのカイト』については聞いているのか、こんなことを続けてつぶやいた。
「やっぱりおんなじ『カイト』同士だと気安かったりするの?」
 続けられた瑞希の言葉に、そうなのだろうかと考え込む。同じ存在同士だから、気安いからなのか。けれどあの胸のざわつきは、気安いとは遠い感覚な気もする。
「……お前に質問がある」
「何? めっずらしー」
「顔を見ると胸がざわつく。その癖隣にいると離れがたい。他の奴に対する好意と、何か違う感じがする。この気持ちは何かわかるか」
 自分はまふゆの想いから生まれた、何もないセカイの住人だ。大本のまふゆが壊れかけていたから、バーチャルシンガーたちもそれぞれどこかが欠けている。自分は強い怒り、衝動以外の感情に関してはどこか鈍いのを自覚していた。
 外の『人間』である彼女なら、この感情を理解できるのではないかと思ったのだ。
 瑞希は思いがけないことを聞いたという様子で目を見開いて、口元に手を当てた。
「……恋じゃん、それ!」
「……恋?」
 自分で言うことじゃないが、あまりにも自分に似つかわしくない単語が出てきて、声が低くなる。
「そ、恋! 隣にいるとじっとしてられなくて、でも離れたくなくて、好きなんでしょ? 恋じゃんそれ!」

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