No.533
薬研に導かれるまま連れられたのは、どうやら居住区の一角だったようだ。そのうちの一部屋に招き入れられる。一通りの家具が揃っているだけの、比較的殺風景な部屋の中に通されて、そこら辺に座っといてくれやと座布団だけ渡される。とりあえず長谷部は従うほかないので、座卓の前にそれを敷いて座った。
「あんたはちょっとここで待っててくれ。全員を広間に集めたらお披露目といこうや」
そう行って部屋を出ていこうとする薬研を、長谷部はあわてて引き止める。くい、と白衣の裾を引っ張られて、薬研は動きを止めた。
「どうした? 旦那」
はく、と何か言いたげに長谷部の口が動く。そうだ声が出ないのだ、と悔しそうに顔を歪めて、長谷部は薬研の手を取り、手のひらに文字を書いた。
『メモはないか』
「ああ、筆談するのに必要か。ならこれごとやるよ。好きに使ってくれ」
薬研は文机から手のひら大のメモ帳とボールペンを取り出すと、そのまま長谷部に渡す。早速そのうちの一枚にペンを走らせた。
『助かる。これから迷惑をかけると思う。すまない』
「何、あんたがそんなナリで顕現しちまったのはあんたのせいじゃないだろ。気にすんな」
ぐしゃり、と頭を混ぜるように撫でられる。まるで子どもにするかのようなその扱いに長谷部はむっとしてみせ、頭の上の手を払い除けた。
「おっと、すまんな。つい弟たちと同じ扱いしちまった。まあ、とりあえず少し待ってろ」
今度は引き止める理由もなく、薬研は部屋を出ていった。長谷部はひとり、部屋の中でため息をつく。
この本丸に今何口刀が揃っていて、どんな奴らがいるのか。主のために働くのは当然だが、それと並行して仲間ともある程度交流して、何らかの気持ちを通じあわせる必要もあるだろう。できれば、それこそ薬研のような縁ある刀剣であればやりやすいのかもしれないが、しかし織田縁も黒田縁も思い返すと一筋も二筋も行かない奴らばかりで、逆に拗れる可能性はある。
そもそも、織田の奴ら相手に素直になれる気がしないし、黒田のことは忘れていたい。
ならこの本丸で一から関係を作ればいいのかもしれないが、へし切長谷部というのはそういうことが特別苦手だった。だってそうだろう。へし切長谷部の価値観としては、まず主のお役に立つのが一番だ。仲間というのは競い合い高め合う相手であり、馴れ合う対象ではない。
長谷部がつらつらと今後のことについて考えていると、薬研が戻ってきた。
「待たせたな。一応今いる奴らには全員声かけて、広間に集合してもらってる。あんたのその不具合は周知しておいたほうがいいだろ。さあ、行くぜ」
ついてきな、と先導する薬研の後ろに付き従って、長谷部は進む。いくつかの曲がり角を曲がった突き当りに、他の部屋より広そうな入り口があった。ここが広間なんだろう。薬研は躊躇いなくその戸に手をかけ、開く。
長谷部が薬研に引き続いて部屋の中に入ると、部屋の中の視線が一斉に向けられるのを感じた。おおよそは新しい刀への好奇心といった体だが、たまにそれとは別の視線を感じ取って、それらに目を向ける。ぱっと目につくのは、少し驚いたように軽く目を見開いた宗三左文字、ニヤニヤと喜色を見せる厚藤四郎か。宗三の隣には小夜も見かけたが、こちらは特に感情の伺えない表情をしており、何を考えているのかわからない。
ひとまず見知った顔はそれくらいか、と判断し、前に向き直る。薬研に促され、集まった刀たちの前に立たされた。
「あー、一部の奴は知ってるかと思うが、先日鍛刀されたへし切長谷部だ。なんでこいつだけ新刀お披露目会みたいなことなぞやるのかというと、ちょいとこいつには問題があってな。こいつは口がきけん。基本的に意思疎通は筆談を通してになるだろう。それを心得ておいてくれ」
ざわ、とにわかにざわめき立つ。それぞれ縁故のものとひそひそ話をしていたようだが、やおらその中から一本、ひょろりと細長い腕が上がる。
「どうした? 宗三」
「口が聞けないのに、顕現させるなんて……実戦にも出さず、本丸の中で飼い殺しにでもするつもりなんですか?」
そのありありと不服を湛えた物言いに、つい長谷部は吹き出してしまう。笑い事じゃない、とばかりに宗三に睨まれるが、いかにもこいつらしい言い分だなと思うと口の端が緩むのは止められなかった。
宗三の言葉を受けて、いや、と薬研は首を振る。
「大将はちゃんと戦にも出す心持ちだ。口が聞けないぶん連携に不安が残るが、俺たちもへし切も慣れていくしかないだろう」
「ふん、厄介な」
ひとまず納得のいく返答は得られたのか、宗三はしぶしぶ手を下ろす。戦に出さなければ飼い殺しと言い、出すとなると厄介だとのたまう。こいつはどうなれば正解だというのかと呆れて顔を見るが、きっと本刀にも落とし所などないのだろう、不貞腐れた顔で黙り込んでいた。
「とりあえず、こいつにも今までどおり部屋をあてがって生活してもらうんだが……最初のうちは大変だろう。口が聞けないとあっちゃ、ひとを呼ぶのにも一苦労だ。だから、俺が本丸を出ているときに助けに入ってくれるやつが数人ほしいんだが」
「おう。俺、やってもいいぜ。長谷部とは多少の縁もあるしな」
真っ先に、厚藤四郎の声が上がる。長谷部としても願ってもない。厚と薬研は、こちらに踏み込んで来すぎない。その距離感がありがたかった。
けれど、その次に上がった声に、長谷部は少し戸惑ってしまう。
「僕も、世話を焼いてやってもいいですよ。貴方たち二振りとも短刀でしょう。揃って出陣する可能性も高い。なら別刀種からも一振り手伝いがいてもいいでしょう」
どうせ暇ですからね、と嘯く宗三の表情から真意を読み取ろうとするも、何も伺えない。さて、宗三左文字とやらは、進んでひとの世話を焼こうとするほどお節介な刀だったか。どちらかというと、面倒ごとをひとに押し付けて、それを横目で観察しているだけという刀だった気がするが。
「ふたりとも、助かる。なら後でローテーションでも組むか。出陣や遠征が絡むようであれば都度相談ってことで」
そこで、薬研が長谷部に向き直る。
「あんたにゃ悪いが、最初のうち……そうだな、一ヶ月くらいは世話役と寝起きしてくれ。窮屈かもしれんが、しばらくは困ることも出てくるだろうし、そんなときにいちいちひとを探さないといけないのも不便だろう。ヒトとしての生活を覚えるまでの辛抱だ」
薬研にそう説かれ、長谷部はうんと頷く。言っていることは最もだし、むしろ己の欠陥のために周りに迷惑をかけてしまう、申し訳なく思うのは長谷部の方だった。
「あんたはちょっとここで待っててくれ。全員を広間に集めたらお披露目といこうや」
そう行って部屋を出ていこうとする薬研を、長谷部はあわてて引き止める。くい、と白衣の裾を引っ張られて、薬研は動きを止めた。
「どうした? 旦那」
はく、と何か言いたげに長谷部の口が動く。そうだ声が出ないのだ、と悔しそうに顔を歪めて、長谷部は薬研の手を取り、手のひらに文字を書いた。
『メモはないか』
「ああ、筆談するのに必要か。ならこれごとやるよ。好きに使ってくれ」
薬研は文机から手のひら大のメモ帳とボールペンを取り出すと、そのまま長谷部に渡す。早速そのうちの一枚にペンを走らせた。
『助かる。これから迷惑をかけると思う。すまない』
「何、あんたがそんなナリで顕現しちまったのはあんたのせいじゃないだろ。気にすんな」
ぐしゃり、と頭を混ぜるように撫でられる。まるで子どもにするかのようなその扱いに長谷部はむっとしてみせ、頭の上の手を払い除けた。
「おっと、すまんな。つい弟たちと同じ扱いしちまった。まあ、とりあえず少し待ってろ」
今度は引き止める理由もなく、薬研は部屋を出ていった。長谷部はひとり、部屋の中でため息をつく。
この本丸に今何口刀が揃っていて、どんな奴らがいるのか。主のために働くのは当然だが、それと並行して仲間ともある程度交流して、何らかの気持ちを通じあわせる必要もあるだろう。できれば、それこそ薬研のような縁ある刀剣であればやりやすいのかもしれないが、しかし織田縁も黒田縁も思い返すと一筋も二筋も行かない奴らばかりで、逆に拗れる可能性はある。
そもそも、織田の奴ら相手に素直になれる気がしないし、黒田のことは忘れていたい。
ならこの本丸で一から関係を作ればいいのかもしれないが、へし切長谷部というのはそういうことが特別苦手だった。だってそうだろう。へし切長谷部の価値観としては、まず主のお役に立つのが一番だ。仲間というのは競い合い高め合う相手であり、馴れ合う対象ではない。
長谷部がつらつらと今後のことについて考えていると、薬研が戻ってきた。
「待たせたな。一応今いる奴らには全員声かけて、広間に集合してもらってる。あんたのその不具合は周知しておいたほうがいいだろ。さあ、行くぜ」
ついてきな、と先導する薬研の後ろに付き従って、長谷部は進む。いくつかの曲がり角を曲がった突き当りに、他の部屋より広そうな入り口があった。ここが広間なんだろう。薬研は躊躇いなくその戸に手をかけ、開く。
長谷部が薬研に引き続いて部屋の中に入ると、部屋の中の視線が一斉に向けられるのを感じた。おおよそは新しい刀への好奇心といった体だが、たまにそれとは別の視線を感じ取って、それらに目を向ける。ぱっと目につくのは、少し驚いたように軽く目を見開いた宗三左文字、ニヤニヤと喜色を見せる厚藤四郎か。宗三の隣には小夜も見かけたが、こちらは特に感情の伺えない表情をしており、何を考えているのかわからない。
ひとまず見知った顔はそれくらいか、と判断し、前に向き直る。薬研に促され、集まった刀たちの前に立たされた。
「あー、一部の奴は知ってるかと思うが、先日鍛刀されたへし切長谷部だ。なんでこいつだけ新刀お披露目会みたいなことなぞやるのかというと、ちょいとこいつには問題があってな。こいつは口がきけん。基本的に意思疎通は筆談を通してになるだろう。それを心得ておいてくれ」
ざわ、とにわかにざわめき立つ。それぞれ縁故のものとひそひそ話をしていたようだが、やおらその中から一本、ひょろりと細長い腕が上がる。
「どうした? 宗三」
「口が聞けないのに、顕現させるなんて……実戦にも出さず、本丸の中で飼い殺しにでもするつもりなんですか?」
そのありありと不服を湛えた物言いに、つい長谷部は吹き出してしまう。笑い事じゃない、とばかりに宗三に睨まれるが、いかにもこいつらしい言い分だなと思うと口の端が緩むのは止められなかった。
宗三の言葉を受けて、いや、と薬研は首を振る。
「大将はちゃんと戦にも出す心持ちだ。口が聞けないぶん連携に不安が残るが、俺たちもへし切も慣れていくしかないだろう」
「ふん、厄介な」
ひとまず納得のいく返答は得られたのか、宗三はしぶしぶ手を下ろす。戦に出さなければ飼い殺しと言い、出すとなると厄介だとのたまう。こいつはどうなれば正解だというのかと呆れて顔を見るが、きっと本刀にも落とし所などないのだろう、不貞腐れた顔で黙り込んでいた。
「とりあえず、こいつにも今までどおり部屋をあてがって生活してもらうんだが……最初のうちは大変だろう。口が聞けないとあっちゃ、ひとを呼ぶのにも一苦労だ。だから、俺が本丸を出ているときに助けに入ってくれるやつが数人ほしいんだが」
「おう。俺、やってもいいぜ。長谷部とは多少の縁もあるしな」
真っ先に、厚藤四郎の声が上がる。長谷部としても願ってもない。厚と薬研は、こちらに踏み込んで来すぎない。その距離感がありがたかった。
けれど、その次に上がった声に、長谷部は少し戸惑ってしまう。
「僕も、世話を焼いてやってもいいですよ。貴方たち二振りとも短刀でしょう。揃って出陣する可能性も高い。なら別刀種からも一振り手伝いがいてもいいでしょう」
どうせ暇ですからね、と嘯く宗三の表情から真意を読み取ろうとするも、何も伺えない。さて、宗三左文字とやらは、進んでひとの世話を焼こうとするほどお節介な刀だったか。どちらかというと、面倒ごとをひとに押し付けて、それを横目で観察しているだけという刀だった気がするが。
「ふたりとも、助かる。なら後でローテーションでも組むか。出陣や遠征が絡むようであれば都度相談ってことで」
そこで、薬研が長谷部に向き直る。
「あんたにゃ悪いが、最初のうち……そうだな、一ヶ月くらいは世話役と寝起きしてくれ。窮屈かもしれんが、しばらくは困ることも出てくるだろうし、そんなときにいちいちひとを探さないといけないのも不便だろう。ヒトとしての生活を覚えるまでの辛抱だ」
薬研にそう説かれ、長谷部はうんと頷く。言っていることは最もだし、むしろ己の欠陥のために周りに迷惑をかけてしまう、申し訳なく思うのは長谷部の方だった。
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