お互いに簡易な服装に身を包んで、さあ部屋を出るかというところで、唐突に長谷部が切り出した。
「手を出せ」
「え? ここまで着替え終わってからそんなこと言われても……せめて着る前に言って下さいよ」
「そういう意味じゃない!」
文句を言いながらもさっさと服に手をかけようとする宗三の手をよける。
「というか、着る前に言っていたなら本当に手を出したのか……」
「そりゃ、あなたが求めるものなら何だって与えてやりたいと思いますし」
長谷部には、宗三のその言葉が、本気の本気で言っていることはよくわかっていた。ここまで時間をかけて、理解させられてきたのだ。だからこそいたたまれないというか、照れ臭く感じそれ以上深入りするのはやめた。
「……とにかく、そういうことじゃない。手をこちらに差し出せ」
「落とさないで下さいね?」
「お前じゃあるまいし」
戦場での台詞を皮肉りながらも、素直に差し出された手を引いて座らせる。長谷部も引出からひとつ小瓶を取り出し、宗三と向かい合って座った。そして、またその手を取る。
節ばって、細い、長い、しかし幅の広い男の手だ。この手が、指が自分に何をするのかをうっかり思い出しそうになった長谷部は、慌ててかぶりを振ってごまかした。
自分が手にした小瓶を見て、宗三が首をかしげる。
「マニキュア……ですか?」
「爪は塗ったことがないんだろ、そう聞いた」
確かにそんなことを言ったけれども、などと宗三は不思議な顔をする。太閤との会話がなぜこの状況に繋がるのかがわからない。
「……今日はハロウィンだ。まあ、今ではただのお祭り騒ぎだが、昔は宗教的なものだったと聞く。日本でいう盆のようなものだとな」
言いながら、長谷部は瓶をひねって、筆を端でしごいて中の液体を宗三の爪に乗せていく。はみ出さないよう慎重に、丁寧に塗っていくその様は、まるで主の前の時の殊勝な態度のようだった。
「先祖や家族の霊に交じって、悪い霊が寄ってくる。それを避けるためのものが、あのカブやカボチャだったという。今ではただの飾りだがな」
「ほんと、うちの主って節操なしですよねえ」
楽しそうであると思えば、なんでも取り入れる。本人は特に宗教にこだわりはないし、ハロウィンだって仮装大会みたいな印象しかなかったくせに、楽しいならうちでもやろうと嬉々として飾りつけをしていた。
「この国には、爪の間から霊が入り込む、という迷信もあった。女性の化粧も元々は魔除けだったとも聞く。……爪紅の由来も似たようなものだろう。今ではただのファッションだがな」
長谷部が訥々と語る間に、両手の爪はきれいに染められていく。乾くまで動かすなよ、と釘を刺され、宗三は曲げかけた指を戻した。
「まあ、魔除けのようなものだ。今日一日くらいはつけておけ」
きれいに彩られた、紫色の爪。それらを見て、宗三は今すぐに相手を抱きしめたくて仕方がない衝動と戦っていた。
元来、自分たち刀剣も、厄除けや魔除けと扱われることもあった。御神刀など最たる例だ。
ましてや自分も、今では神社に収められる身。そんな相手に「魔除け」だなんて。
それに、太閤が似合うといったピンクではなく、自身の目の色でもある紫で染めてくる、些細で可愛らしい嫉妬。
「あなた、相当僕のこと好きでしょう」
「どうだかな!」
緩む表情筋はどうしても抑えきれなくて、どこからどうみてもにやけきった顔の宗三に図星の指摘をされて、長谷部はそっぽを向く。
けれど、どうしたって赤く染まった耳もとは隠しきれていなかった。
染めたのは爪と頬
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