現パロ01

 いつものように、渡されている合鍵で子どもにはすこし重たい安普請のドアを開ける。玄関に叔父の靴が脱いであるのを見て心が弾むが、その気持ちは、隣に揃えて置かれているどう見ても叔父のものではない靴を見て吹き飛んだ。
 あの他人から常に一歩引いたところにいる叔父が、身内以外を家にあげている。こんなことは初めてで、なぜだがわからないがうろたえた。考えてみれば、叔父だって一介の大学生だ。家に呼ぶほど親しい友人がいてもおかしくない、どころか、むしろ今までいなかったことがおかしいくらいだ。もしかしたら、自分が知らないだけで、こんなことは初めてではないのかもしれない。なんだか急に叔父が遠いものに思えてきてしまって、このまま帰ってしまおうかなんて思ったりもした。
 それでも、やっぱり叔父に会いたい気持ちが勝った。唾を飲み込み気合を入れて、キッチンを通り過ぎ部屋の扉を軽く叩く。
「おじうえ、一期です。入ってもよろしいですか?」
 いらっしゃい、いいよ、とあまり通らない、ぼそりとした声が返ってくる。きっと前を見据えてドアノブをひねる。
 さほど広くない部屋の真ん中、ちゃぶ台を挟んで二人の人物が座っている。こちらに背を向け顔だけこちらに向いているのは大好きな叔父だが、その向かいに座る男を見て息が止まりそうになった。
「ほう、小さい一期か。こうしてみると、おまえもなかなか愛らしい顔立ちをしているのだな」
 にこにこと、形容するならば好々爺とでも言えそうな穏やかな笑みを浮かべるその人の顔が、あまりに整っていたからだ。人の好みなど関係なく、十人中十人が美形と認めるだろうと思うほど、非の打ちどころもなく美しい。こちらを慈愛を込めたまなざしで見つめるその眼の中に三日月がきらめくのすら見えた気がして、呼吸の仕方を数舜忘れてしまった。
「うちの甥を口説かないで。あと、一期は昔のこと覚えてないって言った」
「うん、そうだったか? まあ、そんなことはどうでもいいだろう。それに、口説くとは心外だな。愛らしいものを、愛らしいと言って何が悪い」
「……他意がないことくらい、わかってるけど」
「いい気はしない、か? おまえも案外、甥馬鹿よな」
 そんな奇跡のように顔がいい男が、叔父と和やかに会話しているのを見て、胸の中に焦燥感が駆け巡る。なんと言っていいのかわからないまま立ち尽くしていると、ちょいちょいと叔父が指先で招いてくる。どこか意識がずれたまま、招かれるままに叔父の隣に正座をした。
「三条宗近。知り合い」
「……ごゆうじん、ですか?」
「一応」
「一応とはひどいな。俺とおまえの仲ではないか」
 はっはっは、とまったく気にした素振りもせずに鷹揚に笑う男の言葉に、胸をひっかく焦りはひどくなる一方だ。俺とおまえの仲とは、どんな仲だ。単なる友人であっても許せないのに、ましてや、それ以上なんて……それ以上? それ以上ってどういうことだ?
 自分で自分の考えに混乱しながら、こちらも自己紹介をしなければと思い当たり口を開く。
「粟田口、一期ともうします。国吉おじうえのおいの一人です。どうかお見知りおきを」
「ああ、知っているとも。久しいな、一期よ」
 叔父に恥じない対応を、と、あまりの美貌に逃げそうになるのをこらえて視線をあわせ言い切ったのだが、あっさり流され微笑み返された。返された言葉にもびっくりする。
 相手はこちらを知っているらしい。
 自分の記憶力は悪くないほうだと自負している。それでなくとも、こんな美しい人を見たら忘れられないだろうと思うのに、こちらは彼に会った記憶などかけらも持ち合わせていないのだ。
 もしかして、生まれてすぐとかの話なのだろうか。それならばさすがに覚えていないのも納得する。だがそうすると、そんなに親しい人間に、物心ついてから会ったことないのはなぜだろうという疑問が出てくる。
「ごめん。三日月はこういうものだから。あまり気にしないで」
「ずいぶんと一期には甘いなあ、鳴よ。俺にも、その甘さを分けてはくれんのか?」
「三日月は甘やかすと調子に乗るから」
「ひどい言い草だ。俺は調子には乗らんぞ。調子に乗るのは大包平のほうだ」
「そうだね。三日月はきりがなくなるんだ」
「相変わらず、年かさ相手にも辛辣よな」
「今は同い年」
「そうだったな」
 ぽんぽんと、流れるように進む会話についていけない。必要最低限しか口を開かない叔父と、旧知の仲のようになめらかにやりとりをする目の前の男は、本当に叔父と親しいのだろう。そもそも叔父は人づきあいが苦手だと普段から公言しているし、事実あまり他人と親しくするそぶりを見せない。その叔父がここまで心を許す相手なんて、自分たち兄弟以外にはてんで見られない光景だった。
「一期」
 自分でも何の感情かわからない気持ちが、自分の中で荒れ狂う。容量からあふれたものが涙として流れてきそうなのを意地で押しとどめているところに、叔父の声がやさしく響いた。
「宗近のこと、鳴狐は三日月と呼んでいる。こんなだけど、いい……ひと?だ。困ることがあれば、一期も頼るといい。大抵はなんとかしてくれる。金で」
「まったく、刀づかいが荒いな。最後の一言も余計だ。俺には金しかないような言い方じゃないか」
「あと権力」
「なお悪いぞ」
 叔父に案外茶目っ気があることは知っている。知っているが、こんな風に軽口をたたく相手など見たことがなくて、ますます、この男は叔父のなんなんだという気持ちが膨らんだ。胸を満たす焦燥感は、いつの間にかどす黒い嫉妬心に変わっているのを自覚する。
 今度こそ気圧されることなく、しっかりと、叔父に気づかれない程度に敵意を乗せて男――三条宗近を睨む。こちらを見守るまなざしはそのままだが、敵意に気づいたはずなのに、やり返すどころか嬉しそうな気配さえ漂わせ始めた。
「さて。顔合わせも済んだことだし、一期に呪い殺される前に退散するとするか」
「一期はそんなことしない」
「その言葉は、隣の甥御の顔を見てから言うんだな。まあ、今度は藤四郎たちを連れて、俺の屋敷にでも来るといい。歓迎しよう」
 三条宗近は、立ち上がる所作まで、ため息が出るほど優雅だった。玄関まで見送るために叔父が立ち上がるのに合わせて、自分も立ち上がり後ろをついていく。

0