本丸定例、打刀飲みである。
とにかく酒を飲むのが好きで、酒宴の雰囲気が好きな主の影響か、この本丸ではやたらと飲み会が多い。歓迎会では飲み、新しい催しの壮行会として飲み、なんでもない日だって、刀種に分かれて週一ペースで飲んでいる。今日はそんななんでもない飲み会の一つだった。
いつもだったら長谷部とふたり、並んでちまちま盃を傾けているというのに、肝心の長谷部がなにやら歌仙やら同田貫やらに捕まって向こう側へ行ってしまった。あちらは随分と盛り上がっているようで、あちらこちらから歓声が聞こえてくる。なんとなく面白くない気分で、ひとりでは飲む気にもなれずつまみばかり摘んでいた。
「やあ宗三、楽しんでる……とは、言い難い顔をしているな」
失礼、と一言断って、隣りに座ってきたのは蜂須賀だ。
「長谷部を取られて不満かい?」
「ええ、まあ、それなりに」
自分の長谷部に対する執着は、本丸中に知れ渡っていることだ。今さら照れるわけもなく、素直に頷いてみせた。そんなこちらの顔を見て、蜂須賀が苦笑する。
「せっかくの酒の席だ。そんな顔をしては酒が不味くなってしまう。そんなに気になるなら、あそこに混ざってくればどうだい」
俺はゴメンだけどね、としゃあしゃあとのたまいながら、蜂須賀がけしかけてくる。
アルコールの回った頭は大胆になるし、短慮にもなる。
「ならそうします」
「えっ」
冗談だったのに、と言わんばかりの蜂須賀の声など耳に入らず、すっくと立ち上がりひとだかりのなかに歩いていった。
ずいぶん騒がしいと思ったら、同田貫と歌仙と長谷部で、飲み比べをしていたらしい。誰に賭けるか誰が潰れるかだの、外野は大盛り上がりだ。
歌仙は顔を真っ赤に染めてはいるが、酒を注ぐ手に変わりはない。同田貫は顔色こそ変わらないものの、普段より目が据わっている。
長谷部といえば、なぜかひとりだけ限界近いと言った様子でこくりこくり船を漕ぎながら、それでも盃を手放さないのだった。
「長谷部にしては珍しく潰れかけてますけど、どれだけ飲んでるんです?」
傍にいた大和守に尋ねる。加州といっしょに口笛を鳴らしていた大和守は、しれっとした顔で答えてくれた。
「ふたりよりだいぶ。そもそもこれ、歌仙と同田貫のふたりがかりで長谷部を潰そうって飲みだから」
「なんでまたそんなことに」
「さあ? 歌仙のちょっとした意趣返しじゃない?」
長谷部と歌仙は不仲というほどでもないが、あまり仲は良くない。どちらも元の家に世話になった意識が強く、その関係を引きずりやすいらしい。他にも理由はあるらしいが、言葉にできないらしく説明はしてもらえなかった。
完全に潰される前に返してもらおう。そう思って、ひとの輪の中心へずかずか入る。
長谷部に声を掛けようと、その腕を取った途端、逆にぐいっと力強く抱き寄せられた。
「えっ、ちょっと長谷部、何を……」
そのまま抱きかかえられる形で引き立たせられる。一体何をするつもりなのか、こちらは目を白黒するばかりだ。
長谷部はこちらの様子などお構いなしに、酔っぱらい特有の大声で宣言した。
「こいつは、宗三は俺のだからな!」
長谷部の宣言に場が一瞬静まり返る。それもつかの間、すぐに今まで以上の勢いでもって場がどっと湧いた。
どこかの馬鹿が口笛を吹いて囃し立てる音まで聞こえてきて、酔いのせいだけではない頭痛をこらえて顔を顰める。なんとか長谷部の腕から開放されて、そちらを改めて見やると、お調子者どもから長谷部がもみくちゃにされていた。
これではしばらく開放してもらえそうにないだろう。場が落ち着くまで長谷部を回収するのは待とうと、その場にへたりこんだ。
「いやぁ、愛されてるね!宗三くん」
ニコニコとした爽やかな笑顔で寄ってきたのは亀甲貞宗だ。
「大衆の面前での俺の物宣言……所有物扱い! 他刃事ながら聞いててゾクゾクしたよ!」
「はあ、さいですか」
このモードの亀甲を相手にしていたらキリがない。それは普段からよーく知っている。適当にいなして追い払おうと手を降ったら、先程までとは少し声色の違った声がかけられた。
「愛ゆえの束縛は素晴らしいものさ、方向性さえ間違わなければね。どちらかというと君の方が一方的に束縛してるんじゃないかと思っていたけれど、どうやら互いが互いに縛り合っているらしい。釣り合いの取れた束縛は素晴らしいものだね」
そう言って、亀甲は微笑む。その笑みは普段のような変態的な喜びに満ちたものではなく、弟たちに向けるような慈愛の笑みだった。
「誤解しないでほしいんだけれど、僕は愛のない痛みは好きじゃないんだ。けれどそこに愛があるのなら、十分に痛みを伴う愛を育んでほしい」
「僕にはあなたのような趣味はないので、言っていることが若干わかりかねるのですが……」
「まあまあ。愛は素晴らしいってことさ。長谷部くんとお幸せにね」
結局、いまいち何を言われているのかはわからない。けれど祝福されているのは確かなようなので、その気持ちはありがたく受け取っておいた。
「ええ、共にある限りは、幸せにさせてやりますとも」
結局その日は新選組の刀やらなにやらから長谷部を引っ張り出して、部屋まで引きずっていくので体力を使い果たしてそのまま雑魚寝をしてしまった。
布団も敷かずに畳に突っ伏して寝ていたせいで体は痛いし、頬に畳の跡が残っている。顔を洗えば落ちるかな、と指で擦っていると、すぐ後ろから地獄のような唸り声が聞こえてきた。
「……忘れろ」
「あ、起きました? その台詞が出てくるということは、昨日の記憶はお確かで?」
背後の唸り声がより強くなる。どうやらばっちり覚えているらしい。長谷部がここまで酔うのは初めて見たが、記憶を飛ばすタイプではないようだ。
「凄かったですねえ、あの歓声。加州や大和守からやんや囃し立てられて、和泉守から伸し掛かられて陸奥守から肩を組まれてさらに飲まされて。見てるだけなら愉快でしたよ。見てるだけならね」
「……すまん、巻き込んだか」
「別にいいですよ。亀甲に少し絡まれた程度で済みましたし」
背後の長谷部を、ここでようやく振り返る。畳の上に丸まって、頭を抱えてひたすら呻いていた。
「あなた、酔うと気が大きくなるタイプなんですねえ」
「もう頼むから忘れてくれないか……」
「嫌ですよ、あんな愉快な姿」
それに、実は少しだけ、いやだいぶ嬉しかったのだ。
それとない態度で、長谷部もこちらのことを憎からず思ってくれているのはわかる。きちんとこちらも愛されている、とはわかっている。
それでも、言葉や態度ではっきりと示されることは、何度あったとしても嬉しいことだ。ましてや、なかなか口には出してくれない長谷部の言葉ならなおさら。
「……ねえ、悪いと思うなら、一つだけ我儘聞いてくれません?」
「あまり無茶は言うなよ……」
巻き込まれたことに関しては本当に気にしてはいないのだが、ふと魔が差して、そんな提案をする。長谷部は戦々恐々とした面持ちでこちらを見ていて、僕をなんだと思っているのかと多少憤慨した。
とてもささいな我儘だ。そう、とてもささいな。
「もう一度、言ってくださいよ、あの台詞。今度は、僕だけに対して」
え、と半分濁った声を上げて、長谷部が固まる。しばらく丸まったままもぞもぞと体を揺すったり、あー、だの、うー、だの、なんともつかない声を上げていたかと思うと、のそりと上半身を起こした。
畳に手をついた状態で、こちらにまるで睨むように視線を向ける。視線を合わせると、ふっと目を逸らされてしまった。
「……お前は、俺のものだからな」
なんとも気まずそうに、照れくさそうに口の中で籠りがちに呟く。
「貴方が僕だけのものになってくれるのは、いつなんでしょうかね」
その言葉にはむっつりとした無言が返る。
どうせ長谷部には答えられないのはわかっている。少しだけ胸を焦がす黒い感情には蓋をして、ひとまずは得られた言葉を心の中で反芻した。
ところで、後日談である。
いつものようにふたり並んで歩いてるところで、日本号とすれ違った時のことだ。
「よう、おふたりさん。今日も仲がいいな?」
「……何だ、空々しい」
いつになくニヤニヤと話しかけてくる日本号に、長谷部が怪訝な、というか不機嫌そうな顔をする。
その顔は、次の日本号の発言で、はっきりと怒りの顔になった。
「こないだの飲みの時なんかすごかったらしいじゃねえか。こいつは俺のだ!ってか。お前も男だねぇ」
「貴様、それをどこで!」
「どこでも何も、ひとの口に戸は立てられぬってな。多分もう全員知ってるぜ」
「くそ、忘れろ! どこのどいつだ、ひとの事を面白おかしく広めやがって!」
本気で憤る長谷部とは裏腹に、こちらは笑いを噛み殺すので精一杯だった。
せいぜい噂が広がればいい。こちらだけでなく、長谷部だってこちらを想ってくれているのだと。