政府から押し付けられた特命調査を一日で終わらせ、数日が経った。
新しい任務で沸き立った本丸も一瞬で落ち着きを取り戻し、いつもの長閑な雰囲気が戻っている。
そんな間延びした空気の中で、久方ぶりに手を付ける畑仕事はいつもよりは楽しい。それでもあまりやりたくないけれど。隙あらば押し付けようとする俺と、そんな俺を咎める安定とじゃれあいのような口喧嘩をしながら、ふとした時に話題がそれた。
「清光、また則宗とケンカしてんの?」
あんまり聞きたくない名前が耳に入って、ぴくりと反応する。げー、という声が喉から漏れた。
「またって何だよ、またも何もケンカなんかしたことないけど?」
少し離れたところで、同じように鍬をふるっていた安定は大きなため息をついた。その心底あきれたという態度と目線に、こちらの眉も吊り上がる。
「清光がいちいちそんな態度とるから、面白がってからかってくるんでしょ、あのじいさん。少しは落ち着いたら?」
「お前には言われたくないんだけど。ていうか、あれにムカつかないほうが無理でしょ。逆に安定はなんで腹立たないわけ?」
「だって僕、お前と違っておちょくられてないし」
あっさり言ってのける安定に、ますます眉間に皺が寄ってくる。
「それだよ。なんであのじじい、俺ばっかりからかってくるわけ?」
確かに一番最初に顔を合わせたのは俺だけど、でもあとから安定もなにやら話しかけにいってたはずだ。けれど結局あのくそじじいが面白がってちょっかいをかけてくるのは俺ばかりで、安定に対してはまるで孫をかわいがるかのように頭をくしゃりと撫でてやったり、しごく穏やかだ。それがまた面白くない。
「なんで俺ばっかり……」
「だから、からかいがいがあるからだろ。自業自得」
ぼそりとこぼした言葉を一刀両断に切り捨てられて、ついつい唇を尖らせる。
「だってあいつ、ムカつくんだもん」
「もんとか言うなよ、気持ち悪いな。別にあのひと自体は悪いひとではないし、逆になんで清光がそんなに反応するのかわかんないよ。なんで?」
「なんで、って……」
なんでだろう。
きょとんとした顔の安定に言われて、不意を突かれて言葉が途絶える。考えてもみなかった。
そもそも、第一印象からしてあまりよくない。最初の印象は「食わせもののくそじじい」だ。最初の顔合わせがアレだった長義以上に、なんだこいつといった印象が強かった。政府所属の刀剣は癖者しかいないのかと思うほどに。
飄々と、ひとの心をかき乱したまま帰っていったかと思ったらちゃっかり本丸に配属されてきたのには心底腹が立った。俺の気持ちを返せと叫んだのは紛れもなく本心だ。
金一万両の名刀は作り話で、本来ならば俺たちにとっては関係のない話だ。けれど、確かに人々を沸き立たせたその話は、刀剣の逸話と交じり合って、確かにあいつの中に存在している。それをあいつは「愛」だと言った、んだと、思う。そのあたりは、まだよくわからない。
ともかく、本来縁のないはずの俺たちは、どういう縁の交わりか、こうして繋がってしまっている。その繋がりがあるからこそ、あいつも俺たちに絡んでくるのだろう。
それもまた、愛、なのだろうか。年長者が縁ある若者を可愛がる、親愛の情。
「何変な顔してんのさ。そんな考え込むことだった?」
安定の怪訝そうな声に、はっと我に返る。結局、あいつのことなんかわからない。何を考えているのかも、……自分が、あいつをどう思っているのかも。
あいつの語る「愛」も、なにもかも。
きっとあいつの存在が無性に癪にさわるのは、それが原因なんだろう。答えのわからない、ひどく難しい問いを投げかけておいて、ひとの心をかき乱しておいて、自分は自由気ままにあちこち飛び回っている。その後ろ姿が、たまらなくムカつく理由なんて、それくらいしか思い浮かばない。……今は、まだ。
「……そーね。やっぱわかんないや、あのじじい」
気持ちを切り替えるように首を振って、言葉にできない気持ちと一緒に、思い切り鍬を振り下ろした。
ひとのこころをかきみだして!
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