纏わりつくような霧雨だ。
しとしとという擬音すらなく、ただ視界をぼんやりと曇らせる霧雨の中、黙々と山中の行軍を続けていた。
一寸先にいるはずの、長谷部の黒いカソックが水分を含んで重く垂れ下がっている。それを目印にしながら、重い体を引きずって歩いた。
そもそもなぜ僕は歩いているのだろう。そんな疑問が浮かんでくる。
そもそもここはどこで、なんなのか。なぜ霞がかったような雨の靄の中、長谷部の後をついて歩いているのだろう。
そこまで考えて、ああこれは夢なのかと気づく。夢ならば仕方ない。どうせ見るのなら、もう少し愉快な夢を見たかったが。
先をゆく長谷部に話しかけようと、口を開く。湿った水分が唇を濡らした。
「長谷部」
しばし待つが、返事はない。繰り返し呼ぶが、聞こえているのかいないのか、反応一つなく、ただずっと同じペースで歩き続けるだけだ。
こちらがぬかるんだ地面に足を取られペースが落ちても、そのカソックの裾を掴もうと走り寄ろうとしても、距離は変わらない。長谷部の歩くペースは変わらないにもかかわらずだ。
なんだか無性に不安になって、何度も何度も長谷部を呼ぶ。せめて振り返ってくれれば、不安も消えるものを。
ふいに、ぞっとした。
あの長谷部は、僕の中の長谷部のイメージの一つだ。
結局あれは人の刀だ。物が物を所有するなど、この特殊な環境だからこそ許される現象であり、あれの主は、持ち主は、人なのだ。
だからどれほど愛を囁いたところで、囁かれたところで、手放さないと誓ったところで、人の手に渡れば簡単に反故になる。
僕の所有欲が満たされることはない。
あれの被所有欲が満たされることもない。人は簡単に手放すし、手放さなくともいずれは死ぬからだ。
この距離が埋まることがないように、僕らは本当の意味で結ばれることはないのだと。
さっきまでは感じなかったはずの肌寒さすら感じて、震えて体を抱く。完全に足は止まっているのに、歩き続ける長谷部との距離は変わらない。
きっと、いつか、あれはまた人の刀に戻る。人のもとに戻り、愛され受け継がれていく。僕とは関係のない場所で。去りゆく人間たちに嘆きながら。
「長谷部!」
たまりかねてひときわ大きく叫ぶ。するとようやく、長谷部の足が止まった。そのことに、心臓が跳ねるほどに緊張する。
ぼんやりとした風景の中、こちらを振り返った。濃い霧雨は姿を隠して、煤色と肌色と黒しかうつしてくれない。
止まっていた足を、たどたどしく動かし近づこうとする。その瞬間、ざあっと激しい横風が吹いて霧雨を蹴散らした。
「――」
長谷部が何かを言っているが、風音で聞き取れない。ようやく見えたその表情は、諦め混じりの満足が見て取れた。
五里霧中
0