この本丸の主には、妹がいる。
よく言って控えめな、……まああえて悪く言う必要もないだろう。とにかく、そんな内気な主とは裏腹に、ひとに臆せず陽気に絡むような方だ。
学生という身分もあってちょくちょく遊びに来てはいたが、この度職業見学ということで、正式に数日間本丸に滞在することとなったのだった。
近侍部屋での相談を終え、渡り廊下を歩いているとふいに肩を引かれる。文句をつけるつもりで振り向いたら、ぶすくれたこいびとの顔が間近にあって、喉元まで出かかっていた怒声が引っ込んだ。
「……なんだ、宗三か。どうした」
「どうしたもこうしたもないですよ。最近あなた執務にこもりっぱなしで、ちっとも掴まりゃしない」
「主の妹君が来て、いろいろばたついているからな。近侍仕事ならお前がいてくれたほうが説明しやすいと、主が」
「そんな理屈が聞きたいんじゃないんですよ僕は」
手を引かれるがままに、中庭に誘導される。
今は桜の舞い散る、春といった景趣だ。複数咲き乱れる桜の中に、一本桜の大樹がそびえたっている。その陰に隠れるように連れ込まれるのを、おとなしく甘受していた。
なかなか会えなくて寂しかったのは、こちらも同じだったので。
陰に隠れて、ふたりがすっぽり桜の影に隠される。ここならば、目を凝らさなければ本丸からは見えないだろう。
宗三が愛おしむようにこちらの頬を撫でる手を、目を閉じて受け入れる。細い骨ばった指が、こめかみを、耳を、首筋をくすぐるようになんども往復するのが気持ちいい。すり、とその手にこちらからも頭を寄せて、撫でてくる手に手を重ねる。さして大きさは変わらないくせに指はすらっと長い手が、その指が、何をしてくれるのかを知っていた。
目の下のふちを親指で撫でられ、今度は顎に指を添えられる。下駄の分向こうのほうがわずかに身長が高い。心持ち顎を突き出すように顔を上げ、落ちてくる口づけをうけとめた。
「……どうもだめですね、僕。嫉妬深いのは自覚済みですが……」
はあ、と大きなため息をついて肩を落とす宗三に首をかしげる。
「どういうことだ?」
「だって、いくら主の妹とはいえ、普段見ないようなものとずっと接しているでしょう。今更ここの他のものに盗られるなんて思っちゃいませんが、外部からとなると、ね」
「何たわけたこと言っている、主の妹君だぞ」
「わかってます、わかってますよ。あなたの性格上、向こうから何か言われても、主の妹だからと跳ねのけるに違いないのもわかってます。ただ、感情というものはままならないものなんですよ」
自己嫌悪の混じった、途方に暮れた顔でそう零す宗三の気持ちは理解できない。理解できないながらも落ち込んでいるのは確かなようなので、とりあえずはこちらからも唇を重ねた。