大きな子犬

「まったく、あの魔王のどこがいいのやら……」
 信長様信長様と、佩かれているわけでもないのにちょくちょく主のもとをついて回る、でかいいきものに眉を寄せる。嫉妬がないとは言わない。まるで大きい子犬だ。
「当たり前だろう、俺に名をつけてくれたんだぞ。言わば親みたいなものだ。慕って回って何が悪い」
 悪びれもせず胸を張るその純粋さが、好ましいと同時に痛ましい。
 この子は、付喪神はあくまでモノに宿ることを、本当の意味ではまだ知らないのだろう。きっとどういうシチュエーションでそれを知ったとしても、この子はひどく傷つく。けれど、あえて今教えてやる気にもなれなかった。
 今はただ、この子のまっすぐな純粋さを愛でていたい。
 自慢げに胸を張るへし切を、ひらひらと手を振って呼ぶ。きょとんとしながらも素直にこちらに寄ってきて、いつものように膝の中におさまった。犬にでもするようにわしゃわしゃと、その微妙に跳ねた髪をかき回す。
「やっ、やめてくれ! それまとめるのに結構時間が……!」
「あとで僕がやってあげますから。解いていいですよね、これ」
 どうにか自分でまとめたのだろう、高い位置に結っていた髪をばさりと解いて、触り心地のいいその髪に指を通す。指通りのいいつややかな髪は、指をするりと通していった。
「宗三は俺のことなんでもやりだがるよなあ。おかげで俺はいっつも『一口じゃなんにもできない付喪神』扱いだ。俺だってできるのに」
 髪に顔をうずめて堪能したあと、元の状態以上にきれいに結ってやる。すると、そんな不満そうで不満げではない声がかかった。
「だって、あなたがかわいいから」
「すぐそれだ。信長様肝いりの宗三のお気に入りだからって、俺はお前以外ほとんど避けられて知り合いがいないんだぞ」
「そもそも作ろうともしていないくせに。あの魔王についていくばかりで」
「当たり前だろう。いずれはお前みたいな名刀として、信長様に使ってもらうんだ」
 はいはい、と、また結ったばかりの頭を、今度は崩さない程度に撫でる。そのまま犬の子でも撫でるように、頬やあごの下をくすぐった。へし切はくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに受け入れている。
 愛おしいものは自分のものにしたい、囲いたい。そういう面が、自分の中に芽生えていることを、へし切を通して知った。三好や今川の頃にはなかったはずの感情だ。これも魔王の影響なのか。
 それを憎々しげに愛おしみながら、とりあえずは面前の子犬を愛でるのであった。

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