「全く、こんなになるまで仕事を止めようとしないなんて……少し焦りすぎじゃないですか?」
自室の布団の中、掛け布団に包まりながら、宗三の小言を聞く。
いつもだったら反駁の一つくらい返してやるが、今日はそうもいかなかった。
目玉が溢れ出そうなくらいに充血しているのがわかる。目の奥はガンガン痛いし、痛すぎて頭まで痛いし、吐き気はひどいし、皮膚の表面はじとりと熱いのに、身体の芯は凍えるほど寒くて震えが止まらない。思考がまとまらなくて今すぐ意識を飛ばしたいのに、反対に目が冴えて眠れない。
完全に自律神経がいかれていた。
「眼精疲労からくる体調不良、だそうですよ。貴方は端末を見過ぎです」
まだ電子機器にも慣れ始めたばかりなのだから、適度に休憩を取らないと。そう言いながら、宗三が濡れた布巾でこちらの顔を拭う。
ひやりとした感覚は冷や汗を拭ってくれるようで気持ちいい。宗三の顔を見上げると、ぶつくさ溢される小言とは裏腹に、満面の笑みを浮かべていて思わずぎょっとした。
「……なんだ、やけに嬉しそうだな?」
「だって。ようやく貴方を構えるんですもの」
よくよく聞けば、その声だって弾んでいる。ひとが体調不良だってのにこいつ、と思いながら睨むと、宗三はますます笑みを深くしてこう言った。
「長谷部。貴方、何日僕とすれ違っていたかわかります?」
そう言われて、頭の中で何日休みがすれ違ったかを数えてみる。ひい、ふう、みい、よ、とまで数えて、数える気を無くして諦めた。
おそらく一週間は休みがあっていない。これは宗三が拗ねるのも無理はないと思った。
別に自分だって、休みを取っていないわけじゃない。ただ、休みの日でも、一日に一回は執務用の端末を見るようにしていた。
宗三が言ったように、まだ自分は執務組に入って日が浅く、執務の内容どころか端末の操作さえ慣れていない。どうした偶然か、今いる執務組の面子は器用な面々が多く、全員がほぼ端末を使いこなせている。遅れをとってはいけないと、張り切った結果がこの様だった。
「そんなに焦って覚えようとしなくても、誰も貴方の立場を奪いやしませんよ。ゆっくり慣れていけばいいんです」
「奪われるだなんて、そんなことは思っていない」
「どうだか。とにかく、和泉が前線から抜けたら、僕は貴方の補佐に回りますし、ふたりでやっていけばいいんですよ。そうでしょう?」
「……そうしたら、完全に一緒に休みが取れなくなるな」
「……あ」
完全に「そこまで考えていなかった」という顔で、宗三が固まる。まあ、実際は鳴狐が近侍、こちらが近侍補佐という形で役職についているので、休みに関しては鳴狐に頼めばなんとかなるだろう、多分。
同じ考えに至ったのかどうかは知らないが、宗三もまた固まった状態からぎこちなく動き出した。
「……まあ、そのあたりはおいおい考えるとして。とにかく、今は長谷部、貴方のことですよ」
宗三の細く骨張った指が、こちらの髪を撫でる。時折遊ぶように耳に絡めてくるのがくすぐったいような、むず痒いような気持ちになる。元気があれば払い除けてやるところなんだが、と思いつつ、実際のところ元気があってもそのまま指を受け入れているのだろうな、とも思った。
触れられたところから、痛みがマシになっていくような気がする。ほのかに宗三の手から香る匂いは、薫衣草の香りか。
香水ほど匂いはきつくなく、手が近づくたびにふんわりと香る。宗三は意外にも、香水の類は身につけない。そんなこいつから香りがするのは珍しい、と思いながらも、その匂いが鼻腔をくすぐるたび、緊張した精神が解れていく気がした。
「焦らないで。貴方はやればできる刀でしょう。現に、つい最近執務組になったとは思えないほど、中心に食い込んでいる。これ以上やる気を出されたら、僕だって困ります。隣に立てなくなる」
あんなに気が立って眠れそうになかったのに、だんだんと自然に瞼が落ちてくる。このまま眠りの中に落ちられるかと思った時に、駄目押しのように宗三の手が瞼に触れ、下される。
「今は、おやすみなさい、長谷部。よい夢を」
薄い瞼越しに感じる優しい体温と、ふわりと香る薫衣草の落ち着く香り。大好きな少しだけ甘い、気怠げな男の声。
そういった安らぎに包まれて、意識は闇へ溶けていった。
優しい声と体温と
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