この本丸におけるハロウィンは、主の出身である現代っ子よろしくただのコスプレパーティだ。おおよそ短刀くらいの身なりの刀たちがキャッキャとはしゃぎながら、大人の身なりの刀にお菓子をねだる。
もちろん、お菓子がなきゃ「いたずら」だ。悪戯小僧に悪戯されたくなきゃ、それ相応にお菓子を仕込んでおかねばならない。
とにかく種類があって、一つ一つが手に取りやすい、ジャンル問わずのファミリーパックをぶちまける。それを乱雑に掴んでは籠の中に入れ、これで配る側としての準備は万全だ。
去年、色々な詭弁で誤魔化して、今まで染めたことがないと言った宗三の爪を塗ってやった。言い出しっぺの太閤が似合うと言った桃色ではなく、つい藤紫を選んでしまったのは、改めて言葉にすると恥ずかしいが、やはり独占欲、ということになるだろう。普段あれだけやられているのだから、これくらいの些細な意趣返しくらい、許されてもいいだろうと思う自分の頭もだいぶ色に呆けている。
もちろん今年も爪を塗ってやるつもりで、さああとは明日に備えて寝るだけと言う段階で道具箱を持ち出すと、宗三も俺の意図がわかっていたのか、大人しく夜着のままあぐらをかいてこちらを向いて待っている。
「……ねえ、今年も爪を塗るのでしょう?」
「ああ、そのつもりだが」
去年は部屋を出る直前に塗ったせいで、乾きが足りなくて途中で撚れてしまっていた。今回はそんなことのないように、先日の夜に塗ってしまおうと思ったのだ。
「その前に、僕も貴方の爪を塗ってみたいんですが、いいですか?」
「……お前が?」
思ってもいなかった提案に、目を見開く。どこに隠していたのか、宗三は自分の影となる位置から、二段組になった小さなケースを取り出していた。
目の端をゆるりと下げて、悪戯げに笑っている。
「だって、僕だって貴方に塗ってあげたいんですもん。『魔除けのようなもの』だって言っていたじゃないですか」
去年恥ずかしさをごまかすために使った文言まで持ち出されて、両手を上げた。そもそも、さして拒むつもりもなかったので。
自分の道具箱を脇に置いて、宗三の前に正座する。視線で促されるまま右手を浮かせれば、そっと手を取られた。
爪の根元に何やらオイルを垂らされて、指先で擦り込まれる。オイルでふやかされた甘皮を、先が平べったくなった木の棒で爪から浮かされ、小さなニッパーで切り取られる。五本の指全ての処理が終わって、さあ紅をつけるのかと思いきや、今度は目の荒いものと細かいものの二つのヤスリを取り出して、表面を滑らかにしていく。去年自分が相手の爪を塗った時と比べると、自分のやり方はあまりにも雑だったのだなと思い知らされるほど丁寧な仕事だった。
削りカスを除光液を染み込ませた綿で拭うと、ようやくマニキュアのボトルが並べられる。なぜか、二色。
「ねえ、貴方はどちらの色を塗って欲しいですか?」
深い海のような、見ているとどこまでも沈んでいきそうな青。ずっと見ていると気が狂ってしまいそうな、色鮮やかな翠。
どちらかを選ぶことなんて、できるわけがない。
「両方、塗ってくれ。左を青に、右を緑に」
その俺の答えに、宗三は満足そうに喉を鳴らした。
「そう言ってくれると思いましたよ」
また、右手を取られる。先ほどより指先が熱く感じるのは、期待からだろうか。
丁寧に、はみ出すこともなく、肌より薄い色をした爪が色鮮やかに染められていく。ムラなくハケを通されたあと、指先を小型の機械に通された。
「これはなんだ?」
「LEDライトです。これ、ジェルネイルなので硬化させる必要があるんですよ」
「ジェル? 普通のと何が違うんだ」
「ざっくり言えば、紫外線で固まる液体なので、すぐ固まるし持ちがいいんです」
ふむ、と爪先にじんわり熱を感じながら感心する。洒脱な事柄に関しては、いつだってこいつの方が詳しい。
「本当はトップジェルも塗った方がいいんでしょうけどね。そこまで持ちを重視しているわけでもないですし、簡単でいいでしょう」
無事に十本の指を染められて、なんとなしに頭の上にかざして眺めてみる。天井の明かりを反射して、きらりと爪が光る。純度の高い青と緑に、ついつい目の前の宗三の瞳と見比べてしまう。――ああ、まるで落ち着かない。
「……そんなに喜んで貰えたなら光栄ですよ」
「は? 何を言ってるんだ」
ニヤニヤと、どこか意地悪そうな笑みを浮かべて揶揄ってくる宗三に、眉を顰めて言い返す。だが、返された言葉のせいで口を噤まざるをえなくなった。
「自分がどんな顔してるかわかってます? 目は潤んで、頬は緩んで、唇は綻んで。……まるで体の中に抱き込んだ時のよう」
そんな馬鹿な、とつい鏡を見てしまう。……見てしまって後悔した。こんな表情、あまりに人には見せられない。
落ち着くために深呼吸して、ついでに揶揄ってきた宗三を睨んで、表情を取り繕う。軽く舌打ちをして、自分の分の道具を引き寄せた。
「これで俺の分は終わりだろ。次はお前の番だ」
「はいはい。今年もよろしくお願いしますね」
差し出された、長くて節くればった手をそっと掴んで、その先端に同じように自分の色を乗せた。