不安つぶしの軽口に

 やることもない、やりたいこともない。
 ひたすら出陣と手入れと休息をしていればよかった以前と違い、出陣がなくなっただけで手入れの時間もなくなり、結果寝て起きて湯を浴び飯を食ったらやることがなくなった。これは暇の潰し方がわからない長谷部にとっては由々しき事態だった。
 同じように暇ができたはずの第一部隊の面々は、それぞれ暇を謳歌している。鳴狐はようやく甥達を構えると楽しそうに粟田口に混ざり、小夜は歌仙にずっとつかまっている。堀川も楽しそうに和泉守や兄弟や、他の刀の手伝いをしているし、石切丸は相変わらず加持祈祷をしている。
 同じように暇だろうと踏んだ宗三も、あれはあれで顔が広い。声をかけようとすれば一期や亀甲と会話したりもしていて、なんだか首を突っ込むのも気が引けて、気付けばひとり、縁側に腰掛けてぼうっと池を眺めていた。
 今の季節は春に設定されている。はらはらと無限に散る桜の花びらが、池の表面につもりゆらゆら揺れる。あれはいずれ池を覆い隠してしまうのだろうか、などと益体もないことを考えていると、後ろから声を掛けられた。
「どうしました長谷部、呆けた顔をして。おおかた暇の潰し方がわからないんでしょう」
「……おまえ、あいつらはいいのか」
「何のことです?」
「昔の顔なじみに声を掛けられていただろう」
「ああ……それこそ、大したことない世間話ですし。なんです、嫉妬でもしました?」
 正直、していた。黒田の家宝として大切にして貰っていたのは、何よりの思い出だ。何だかんだ海外にも行ったこともある。けれど、時の天下人を渡り歩いたこいつの顔の広さにはとうてい敵わない。けれど、そんな拙い嫉妬心を表に出すのも癪だった。
「するわけないだろう。で、そいつらを適当にあしらって、わざわざ俺にでも会いに来たのか?」
「そうですよ。あなたがひとり、寂しそうだったので」
 皮肉のつもりで言った言葉をなんなく肯定されて、ぐっと喉に音がつかえた。こいつの、この顔であっさりと殺し文句を言ってくるところが、未だに慣れない。もはや許せない。
「寂しくなんかあるか。たまにはひとりになりたい時だってある」
「あなた、僕が会いに来なきゃいつもひとりなくせに」
 そんなことはない、と反駁しようとして、反駁しきれなかった。実際、こいつ以外の刀剣との関係はさほど深くない。こんな時に、気安く声をかけられる刀すらいなかった。昔の家の縁ですら、どこか遠慮してしまう。
「まあ、そうしたのも僕ですけどね」
 またとんでもないことをさらりと言われて、今度こそ噎せた。
「僕はやさしいから教えてあげますけど、あなたに黒田縁の刀剣が寄ってこないのは、僕が牽制しているからですよ。これは僕のものですから、なにかあるなら僕を通せと」
「っゴホッ、おま、え、なにを勝手な」
「だって嫌なんですもん。あなたが僕の知らない顔をするの」
 悪びれもせず言った宗三は、そのまま俺の隣に腰を下ろす。
「当然皆が皆聞き分けるわけでもないですけどね。だから完全にひとりにはならないでしょう。むしろ反発してくるようなものばかりで、ほんと……あなたは愛される刀ですよ。僕なんかより、よほど」
 相当なことを、当たり前のように、ぶすっとむくれた顔で言う。こういうことはちゃんと怒ったほうがいいとわかってはいるが、その強烈なまでの支配欲と独占欲に酔わされている自覚も弱みもあって、結局何も言えないのだった。
「それで、池なんか見つめてて楽しいですか?」
「……楽しくはないな。ただ眺めてた」
「懐かしくはありません? 昔にも、こういう時期があったでしょう」
 確かにあった。まだ二年ほどしか経っていないというのに、随分と昔の話に思える。
 本丸設立当初から二年前までは、この本丸はろくに稼働していなかったのだ。
「昔の主は刀集めばかりして、ろくに出陣もしないような人でしたからね」
「……そうだな。その頃を思い出さないと言えば嘘になる」
 昔の主は、自然に溜まっていく資材が溢れそうになるころにようやく顔を出し、鍛刀だけしては去っていった。出陣など、おそらく桶狭間あたりがせいぜいだっただろう。主もいない、やるべき使命もない、そんな中、よく腐らずにおれたと思う。今の俺たちにはもう無理だろう。
 昔の俺たちはよくも悪くもまだ心が物のままだった。主が不在なら、そこに安置されているだけのただの物。それが今では、みな随分とひとらしくなっている。俺も宗三も、例外ではない。
 だからこそ、今の俺たちの関係もあるのだと思うと面映ゆいが。
 どんな顔をすればいいかわからず押し黙ってしまった自分を、昔を思い出して沈んでいるのかと勘違いしたか、宗三が常とかわらぬ飄々とした口で言う。
「昔は昔、今は今。過去どうあれ、今の主は戦争に前向きだ。そのうちまた戻ってきますよ」
 主のことを思っていたわけではないのだが、宗三なりの慰めに、じんわりと心が温まる気がした。この適度に突き放した言葉が、なにより自分の水に合うのだ。
 自然と口調も軽いものになる。
「だといいがな。退屈で腕が鈍りそうだ」
「なら、手合わせでもします?」
 軽口に宗三が乗ってくる。こいつもこのなりでなかなか好戦的だ。手合わせでの勝率は自分のほうが高いが、戦場での誉の回数はほぼ横並びになる程度には。実戦経験は少ないと言いながら、それゆえ実戦を好んでいた。
「受け流し損ねて怪我はするなよ。主は留守なんだからな?」
「そちらこそ。主がいないからって気を抜かないでくださいよ」
 お互いに悪い顔をして笑い合う。こういったじゃれあいもまた、楽しかった。

0