再び気配のなくなった、がらんどうな部屋の中でぼうっと意識を飛ばす。いや、意識は先ほどの小夜との会話と言葉に向いていた。
「一筋見えた光、か」
修行に行きながらも根幹に居座るものを振り切るのではなく、受け入れることで戻ってこれたのが僕ら兄弟だった。黒い澱みを抱えて生きると決めたお小夜が、光だと思えたもの。その場所へ向かいたいと、自らも光に当たることができるのだと、そう思わせた存在は、それはこの本丸そのものであり、そして歌仙兼定だったのだろう。
自分にとってはどうだろうか。自分にとって光だと、希望だと思えるもの。
考えるまでもなく、自嘲の笑いが漏れる。それこそ、長谷部そのものだった。
実際のところ、先に言われた通り、望んで籠に囚われているのだ。籠は自由を奪うものであるが、同時に外部から自分を守るものでもある。なにもできない代わりに、何にも傷つけられることはない。だから、本丸解体だなんて形で与えられたこの突然の自由にもただただ戸惑うばかりで、ずっと部屋に籠っていた。
「短刀に諫められるようでは、格好もつかないか……」
別に特別格好にこだわるわけでもないが、さすがに情けなさが先に立つ。それと共に、先ほどの言葉がずっと胸に刺さってしょうがない。
歩き出すべきなのだろう。最期だからこそ、絶望から立ち上がり、関係ないものとして憧れていた光へと。
心を決めたはいいが、さて、件の刀はどこへいるのやら。ひとに聞けば誰かは知っているかもしれないが、教えてくれるかは半々だった。なにせ、僕らは周りに不仲だと思われている。最後の最後にすわ決闘騒ぎかと思われてもおかしくないほどには、長谷部との関係は悪かった。
特に派手な諍いをしたわけでもない。相手はどうだか知らないが、少なくとも僕は長谷部を憎く思っているわけではない。ただ、顔を合わせると妙な空気になるのは否定できないことだった。どうにも言葉にし難い、ぴりっとした緊張感が流れるのだ。それがなぜだかはわからない。妙な空気になるだけで、向こうが露骨に嫌な顔をするだとか、そんなことはないのもまた変な感じだった。
周囲もそれを感じて配慮をしたのか、しだいに僕たちは顔を合わせることが少なくなった。そんな僕たちをいまさら引き合わせてくれるような酔狂な刀など、そうそういない。
その酔狂な刀に当てはまるであろうものを目当てに、足は自然と槍部屋へ向いていた。
「もし、こちらに日本号はいますか」
襖越しからでもわかる酒精のにおいに眉をひそめながらも、声をかけ襖を開ける。想像していた通り、三名槍はそれぞれ手酌をしながら気楽な酒盛りに興じていた。
「なんだ、あんたがこの部屋に顔を出すなんて珍しいな。何か用か」
槍の中でもひときわ背の高い男が、こちらに顔を向ける。これまでさんざん飲んでいるだろうに、まるで水でも飲むかのようにさらっと盃の中身を片付けていく。
「ええ、ちょっとお伺いしたいことがありまして。長谷部を探しているんですが、どこにいるか知りません?」
「さあ、知らねえなあ」
「では、こういう時どこにいそうかどうかはご存じで?」
「……さあなあ」
あいまいに濁して、盃に注いだ酒を干していく。こちらに向けられている視線は、次第に探るような色に変わっていた。
「お前さん、この期に及んで長谷部を探すなんて、どういう心境の変化なんだ?」
「そうですね。そろそろはっきりと決着をつけようかと思いまして」
「その細腕で殴り合いでもしようってか? 面白ぇ、本丸中に声かけて、どちらが勝つか賭けでもしてやろうか」
面白がる言葉の内容とは裏腹に、声は低くドスのきいたものになっている。僕らの間に流れる剣呑な雰囲気に、同室のふたりはおろおろと探るような視線を向けていた。
「真剣でのやり取りならともかく、単純な殴り合いなら勝負にならないでしょうね。まあ、そういうのではないので安心してください」
「なら、どういう意味だ」
「言えません。ただ、あなたの心配するようなことではないと思いますよ」
いつの間にか赤く染まっていた、相手の大きなタレ目がちな瞳をじっと見つめる。長谷部と日本号の二口は、普段はまるで関わらず、たまに顔を合わせても小競り合いばかりでちっとも打ち解けない様子であったが、これでお互いがお互いを何くれとなく気にかけているのは知っていた。その会話のない親密さは、見かけるたびに妬けるほど羨ましかったのでよく覚えている。
しばし無言で目を合わせていたが、先に目をそらしたのは日本号の方だった。
「……審神者の部屋の隣りにある、物置があるだろ。あの渡りから見える桜がいっとう綺麗でな。一人酒をかこうには丁度いい」
独り言のようにぽつりとこぼし、もう一杯盃を干す。
「ありがとうございます」
「なんで礼を言われるのかわからねえな。俺はただ独り言を言っただけだ」
まだうす赤い瞳のまま、もうこちらには興味を失った体で手酌をする。頭を一つ下げて襖を閉めようとしたところで、鋭い声が掛けられた。
「俺はお前さんのことはわからねえ。たいして知らねえからな。だがあいつのことなら多少はわかる。泣くようなタマでもねえが……泣かすんじゃねえぞ」
「それは、どういう……」
気になることを言われて、閉じかけた手が止まる。日本号を見るが、相変わらずこちらには興味を失った体で、ひたすら酒を煽っていた。