ここは政府の一室、末端も末端、下っ端役員と刀剣二口で回しているとある一事務所。ありがたくもなくついたあだ名が『便利屋本舗』である。
今日も今日とて、山城の某本丸で刀剣同士の痴情の縺れで刃傷沙汰が起こりかねないからどうにかしてくれだの、筑前での甲州金相場がえらいことになってるから均してくれだの、手間暇ばっかりかかるわりに戦況にほぼほぼ関わりない雑用ばかり振られている。
そんな便利屋も一応は政府役員なので、ちゃんとした案件が振られたりもするのだ。振られたりもするのだが……
「『落伍者の摘発』ねぇ……」
メールボックスに送られてきた【重要】のタイトルを開くと、案の定ろくでもない仕事内容が書かれていた。
その審神者は、いい人間ではないが悪い人間とも言い切れない、よくある小心からくる小悪党らしい。おまけに生来ずぼらで物の扱いがひどい。
それだけなら親でも呼んで再教育してもらえという話なのだが、刀剣男士たちに実害が出ているとの事である。
言うまでもなく刀剣男士たちは刀剣の付喪神であり、本体は刀剣である。本来男士が肌身離さず持っているもののはずなのだが、負傷しているときはさすがに別だ。主に手入れをしてもらわなければならない。
そこで主のズボラな悪癖が出た。
中傷くらいなら大丈夫だろう、重症だけどまだ体力が残ってるから大丈夫だろう。折れたとしてもまた拾えるからいいだろう。
その審神者は、刀剣男士を完全に『モノ』として見ていた。男士という形を取る『付喪神』であるということをすっかり忘れきって。
そのありさまを見かねた管狐から政府本部に話がわたり、こんな僻地へと押し付けられたわけだ。
何が面倒って、この審神者、審神者としての仕事はきちんとこなしているのである。
毎月のノルマも達成しているし、催事にも参加しているし、折れた分の穴開きはあるが刀帳だってそこそこ埋まっている。手入れも兄弟刀が懇願すればやってくれなくはないのだ。ただ、うっかり忘れたまま出陣させたりするだけで。
刀剣をわざと虐待しているとも言い難い、悪意があってのことではない。非常に面倒な人間だった。
「引退していただくしかないだろうなあ」
ぺらぺらと、当の審神者と本丸の資料を捲って、救いようのなさに呻く。この本丸に顕現した刀剣は本当にかわいそうだ。
「まあ、悪意があるかどうかはともあれ、引退させられるに十分な理由かと」
「引退してもらう他ないだろうな、どうしようもない」
三者三様揃って『引退』の結論しか出てこなかった。ここで言う三者は俺、宗三、長谷部である。
ただ、本人に悪意がないのであろう時点で、非常に気が重い。
審神者にとって『引退』とは、政府直属派の栄転か、永遠の眠りかの二択だからだ。この審神者の場合がどちらになるかなど、言うまでもないだろう。
そもそも、審神者とは永久就職だ。審神者の力を見いだされ、政府と契約し、本丸を構え、初期刀を手に取った時点で、現世から隔離された存在となる。
たまに遊びに行く程度ならお目溢しをもらえるが、基本的には現世と隠世の間にて、お役目を終えるまで永遠に男士たちの主として存在し続ける。
神様だらけの幻の城で、人間が一人永遠に閉じ込められる……誰も口にはしないが、俺としては生贄と何ら変わりないと思っている。
とまれ、本丸に来てしまった以上、本丸で生きるか死ぬかしかないのだ。かの審神者は本丸を運営する資格なしと判断された。よって、『引退』していただくしかない。
「こういう、完全なるブラックでもない中途半端に罪悪感抉ってくるような案件持ってくるあたり、俺ら嫌われてるんかなー……」
「日頃の行いなんじゃないですか?」
「うるせーお前も一覧托生なんだからな」
「むしろ、担当者様が仕事を選ばす何でもこなせるからこその案件なのだと……政府からの信頼の証なのではないでしょうか」
「ありがとな長谷部、お前の優しさが心に染みる……まあすぐにズタズタに引き裂かれるんだけどな、クソ案件のせいで」
あー、うー、とうめきながら頭を掻いてもメールの文面は変わらない。期日も変わってはくれない。はあ、とひときわため息をついて、頭の中でプランを組み立てた。
「とりあえず先鋒は宗三な。宗三一振りなら相手も油断しまくるだろ色んな意味で」
「先方の前に貴方の手を落としてもいいんですよ?」
「俺の手は手入れでくっつかないからダメ。んで一日二日様子見て、情報通りなら鳩飛ばして。俺と長谷部で行くから」
「まあいいですけど。どうやって忍び込めばいいんです?」
「正面から監査だって行けばいいよ。相手は何も悪い事してないつもりなんだから、断る理由がない。うまく取り入って。得意でしょそういうの」
「貴方、この僕に権力者に取り入れと、堂々と言えるあたりが人の心がないと言われる所以なんですけどわかってます?」
「好もうが好まざろうが使えるものは全部使え、基本だろ」
ここまでの会話で、宗三が相当不機嫌にはなってはいるが、どうせ明日になったら忘れる程度のものだろう。使えるものは使う、その意識が共通しているからこそここまでうまくやってきている。
「担当者様、俺は」
「長谷部は俺と一緒に後から追加監査って名目な。適当に宗三に審神者を抑えてもらって、お前が斬るなり宗三がそのままとどめを刺すなりすりゃあいい」
「出番があるといいですね」
「そうだな、お前が仕留め残ったものの後始末くらいはしてやらんとな」
うふふあははと笑い合うイケメンの図というのは、文章にすれば微笑ましいが実際居合わせると薄ら寒くてしょうがない。
「はいはいやめやめ。じゃあ決行は一週間後な。宗三はせいぜいか弱くて儚げな薄幸美青年の仮面を身に着けておくこと」
「いつもの僕じゃないですか」
「お前の部屋って姿見なかったのか? 着替えるの大変じゃないか?」
「はいじゃれ合いはそこまで!!! 仕事に戻る!!!」
またぞろ口撃に発展しそうになった宗三と長谷部の応酬を強制終了させて、緊急監査の案内文の組み立てへと意識を向けた。
某本丸へ監査の知らせを出して、宗三を送り込んで丸三日。残念ながら、管狐のもたらした情報通りの有様らしい。しかも、審神者には何の罪悪感もないという。
「もし天国地獄があるとして、理由もわからず地獄に落ちるタイプだなーかわいそうに、頭が」
「では、決行ですか」
「仕方ないね、残念だけど」
予め記しておいた『追加監査のお知らせ』を速達鳩で飛ばす。一時間もすれば届く鳩だ。そのうえ追加監査など通常殆どなく、ほぼ事前予約無しで抜き打ちで行われてもおかしくないものなのだ。事前に鳩を送りつけるあたり、まだ俺たちは温情だと思う。
まあ、追加監査が決まった時点で『引退』確定なので、温情もクソもないのだが。
きっちり一時間後、政府のゲート回廊から該当の本丸へのゲートを繋いでもらう。降り立って、かすかに臭う不快な臭いに顔を顰める。あまりに血の汚れが染み付きすぎて、清浄であるはずの空気が汚染されているのだ。
ゲートから歩いて、玄関へと向かう。門前には、蜂須賀虎徹と加州清光が立っていた。どちらも軽傷状態で、服に血が滲んでいる。
「やあ、政府の監査官殿だね。見苦しい格好で申し訳ない」
「先に来てる宗三左文字は主のところにいるよ。案内するね」
床を掃除する余裕もないのか、ところどころ血の足跡がついている。小型のものが多いのは、短刀が多いからか。
屋敷の一番奥まったところ、ふすまの縁をとんとんと叩き、加州が中に声をかける。
「主、お客さんだよ」
「おお、開けろ開けろ。お待ちしておりましたぞ監査官殿」
大広間の一段高いところに、恰幅のいい中年男性がだらしなくあぐらをかいている。その隣で酌をしているのはどう見てもうちの宗三左文字で、誰がここまでやれといったと突っ込みたいのを全力で飲み込んだ。まあ、豚をおだてて油断させるという目的はきちんと果たしているのでよしとする。
その審神者の周りに、多かれ少なかれ傷を負ったものが集まっている。比較的動ける軽傷から中傷のものが中心なようで、自らの主に対してすがるような、憎みたいのに憎みきれないような、希望を捨てきれないなんとも後味が悪くなりそうな視線が集まっていた。
「突然の訪問、失礼する。して、我らが御本丸に参った理由はご理解いただけておりますかな?」
自分の後ろ斜めに控えさせていた長谷部に、ハンドサインで審神者の後ろに移動するよう指示を出す。すっと他の刀剣に紛れるように姿がかき消えて、ひとまず安堵した。
「いやはや、手紙は拝読いたしましたが、何を問題にされているのかさっぱり……戦争のための道具を多少荒っぽく使ったところで、なんの支障がありましょうか?」
「そこが、貴殿の勘違いなさっているところなのですよ。刀剣男士は刀剣であってただの刀剣に非ず。刀剣に宿る付喪神の擬人化。我々が日々力を借りている存在は単なる道具ではなく、神なのですよ。……なあ、宗三?」
最後の呼びかけで、酌をしていた宗三は酒を投げ捨て本体を抜き、審神者首を抱えて刃を押しつける。いくら傾国と持て囃されようが本質は戦の道具、たかが人間が反応できる速度ではなかった。
「なっ……! 監査官殿、これは?!」
「おイタが過ぎましたね、人間さん。神を粗末に扱った天罰だと思って、諦めて下さいな」
ざわ、と審神者側の刀剣男士たちも色めき立つ、が、審神者自身を人質に取られている状況とあっては何もできない。
そう、審神者に対しては。
「主を離してくれ、宗三左文字。でなければ君の主の命はないぞ」
ここまで案内した流れで隣りにいた蜂須賀が、宗三が審神者にしたように俺の首元に刀を押し付ける。まあそうなるよな、と肩をすくめた。
「蜂須賀、悪いけど、やめたほうがいいよ、それ。俺は監査官だ。監査官が監査に出かけて帰ってこないとなると、今度は武力派を送り込んでの殲滅戦になる。君の弟も無事では済まないかもね」
事前にこの本丸の情報は入手済みだ。当然、浦島虎徹がいることも知っている。
突然出た弟の名前に、わかりやすく刃がぶれる。
そもそも皆多かれ少なかれ傷を抱えた身だ、思考能力も落ちているらしく、どうにも全体的に動きが鈍い。
あるいは、あえて動きたくないのか。
ともあれ、審神者と宗三の向こう側にようやく移動してきた長谷部の姿を見かけて安心した。これで自分が殺されても、宗三がしくじっても、最悪長谷部が用を為せるだろう。
「おい、誰かこいつらをどうにかしろ!」
「この状況が見えないんですか? あなたの刀剣男士が一歩でも動いたら、即座にあなたの首を刎ねることができるんですよ?」
その宗三の言葉に、審神者はさっと顔を青ざめる。助けを求めるように目だけをギョロギョロと左右させるが、目のあった刀剣達はそれとなく視線をそらしていた。
いや、そのなかで一口。堂々と、実に楽しそうに審神者を見つめる刀がいた。
「確かに俺がアンタをなんとかするより、主の首が胴体から離れる方が先だろうさ。しかしなァ……『どうにかしろ』との主の命だからなァ?」
好戦的な目をギラギラと輝かせて、真正面から自分の主と宗三を見る。すでに鯉口に指がかけられて、いまにも飛びかかってきそうな塩梅だった。
「おや、貴方は主の命が惜しくはないと?」
「そうは言っちゃいねえ。ただ、主の命は『こいつらをどうにかしろ』だろ?」
ニィ、とますます楽しげに笑う同田貫の言葉の意図を感じ取り、まさかと不安がるもの、ほのかに期待をするもの、複雑な空気が広がっていく。この期に及んで意味が理解できない審神者だけが、周りに広がる不穏な空気に怯えていた。
「な、なんだ、わかってるなら早く――ヒッ!?」
同田貫が抜刀すると同時に、宗三に斬りかかる。その刃を抱えた審神者を前に押し付けたことで回避した。
生身の肉に鋼が食い込み、熱したバターにナイフを当てたように肉が切れ、血が吹き出す。
「ギャァァァァァ!!! き、貴様ァァァァ!!!!!」
鮮血と黄色い脂肪を撒き散らし、見にくい肉塊は転げ回る。そこにあっさりと宗三は首に刃を押し当て、圧し斬った。
「なるほど。『主を守れ』ではなく『僕たちをなんとかしろ』ですもんね。なんとかしようとした結果、主が巻き込まれてもしょうがないと。貴方も悪いことを考える」
「そう仕向けたのはテメーだろうが」
「こいつは性根が歪んでるからな、こういう搦め手ばかり上手くなる」
「あなたが馬鹿正直すぎるんですよ」
宗三の後ろで控えていた長谷部が、ようやく口を出す。
この本丸全体の淀んだ空気は晴れないが、元凶がいなくなった分、少しだけ息がしやすくなった気がした。この本丸の刀たちも、どこか憑き物が落ちたようなほっとした顔をしていた。
「……それで、俺たちはどうなるんだい」
この本丸の初期刀だと聞いている、蜂須賀虎徹が剣を収めて、疲れたように問いかける。
「政府の術者のもとで刀解され、本霊へ帰るか。政府預かりとなって、政府刀剣として戦うか。あるいは、マッチングを受けて新しい本丸へと移るか。あくまでお前らは被害者だからな、好きにすればいいとのお達しだ」
「そうか……そうか」
瞳にほんのり悲しみをにじませた蜂須賀は、隣に並んだ浦島の手をぎゅっと握る。この本丸の刀帳には長曽祢虎徹も載っていたはずだが、調査に入った段階ではすでに所属刀剣にはいなかった。
「それで? 俺はどうなんだ。『不可抗力』とはいえ、主に刃を向けちまった」
ぼりぼりと後ろ頭をかきながら、いまだに地の滴る打刀を下げたまま同田貫が言う。その表情には、全く悪ぶれた様子も、何かを諦めた様子もない。ただただ尋常そのものだった。
「お前は主を守ろうとしただけ、だろう。最終的に手を下したのは、俺達政府刀剣だ。お咎め無しだろうよ」
「そうかい、そりゃ安心したぜ」
同田貫と宗三が刀身の血を拭い、鞘に収める。長谷部は床に転がった審神者だったものの首を麻袋に無造作に突っ込んで、肩に下げた。
「俺たちは実行部隊だ。後々事後処理班が来る。なに、ほんの数時間程度だ。それまでに身の振り方を考えておけ」
「またあなたは、そうせっかちなんだから……別に事後処理班が来たからと言って、その場で進退を決めなければならないわけではないですよ。一旦は政府預かりの身になって、それからあとのことは決めてください。……あんな主でも、慕っていたものもいるでしょう」
ぐるり、と宗三が周りを見回す。ほっとした顔の中にも、浮かない顔、悲しむ顔が見て取れた。
そもそもこの審神者は自分で言っていたとおり、虐待じみたことはしていない。ただひたすらにモノをモノとして扱って、自分が扱っているものが『付喪神』だということを忘れていただけなのだ。それを忘れて、普段どおりにモノを乱雑に扱っていただけなのだ。
「主は、神を扱える人間ではなかったね」
石切丸の穏やかな一言が、ぽつりとその場に染み込んだ。