真実は閨の中 - 2/2

 突然だが、弊本丸では給料式を採用している。
 本丸での基本的な生活であれば政府からすべて援助が出るのだが、その他ぜいたく品に関しては、依頼をこなしたり、既定のノルマをクリアすることで報奨金を得たりしなければ成り立たない。
 本丸単位で支給されるボーナスのようなそれを、その月の刀剣たちの活動内容に見合わせて、給料といった形で別に分配しているのだ。
 ただ、それらの現金をそのまま渡すのも勘定が大変である。主に物理的に。かといって、口座振り込み制にすると、口座の存在を忘れたり、使い方をいまいち理解しない刀たちもいたりするので、きちんと紙の給与明細を支給することによって、自分の手元にいくらあるのかを自覚させるようにしているのだ。
 うちでは毎月二十五日を給料日として、全刀剣を広間に集め、一口一口明細を手渡ししている。
 刀帳番号順に並べて、一口ずつ手渡しをしていく。
「宗三もいつもありがとね。これからも一軍頼んだよ」
「頂戴いたします」
 こういうときはさすがに神妙に、こちらの手から封筒を受け取る。封筒を渡すその一瞬、なにか形容しがたいにおいを感じて、かすかに眉をひそめた。
「どうしました? 変な顔をして」
「あ……いや、なんでもないです」
 どこかひっかかる顔をしながらも、おとなしく宗三は目の前から外れる。次の小夜に封筒を手渡しながらも、先ほどのにおいはなんだったのだろうかと考えていた。
 強いてあげれば、肉を食ったあとのような……けれど昨日の夕食は魚だったはずで。そもそも宗三からしかそんなにおいがしないのもおかしいし、純粋に食べ物の匂いなのかといわれるとそれも違う気がした。
 列は捌け、長谷部が自分の前に出る。
「はい、長谷部もいつもありがとね。誉を取るのは誇らしいけど、もうちょっと足並みそろえてね」
「はい……拝領いたします」
 うやうやしく差し出された手に、封筒を渡す。その時、かすかに汗のにおいが鼻をくすぐり、内心首を傾げた。
 汗のにおいとは言うが、けして不快になるようなものではなく、むしろ好感というか、一歩間違えればヘンなスイッチが入ってしまいそうな匂いだった。直截に言えば、フェロモンの混じった汗の匂いというか。
 よりにもよって長谷部がそんな匂いをまとわりつかせていたことに、一瞬動揺した。
 基本的に長谷部は身だしなみに気を使う。加州や燭台切のような着飾る方向ではなく、主に不快感を与えないための身だしなみだ。そのため主の前に出るときは、生身を持つとは思えないほどなんの匂いもしないのだ。
 その長谷部から、そんな匂いが。
「……主?」
 怪訝な表情が表に出ていたのか、顔を上げた長谷部が不思議そうな顔をする。
「あ、ああ、なんでもない、なんでもないよ」
 あわてて手を左右に振って受け流す。先ほどの宗三によく似た怪訝な表情を浮かべながらも、長谷部は一礼して列を離れていった。
 これが、最初の気づきである。

 

 次にあったのが、深夜の厨でのことだった。
 草木も眠る丑三つ時、とはいえ現代人である自分にとってはむしろ今から寝ようかといったような時分で、その前に水でも飲むかと厨に足を延ばしたところだった。
 もう寝る前だし水道水でいいか、と、適当にコップを取り出して蛇口をひねりかけたところで、後ろから声がかけられる。
「おや、貴方がいるなんて珍しい。どうかしたんですか」
 声にひかれて入口に目を向けると、簡素な浴衣を身に着けた宗三が立っていた。どことなく疲れたような塩梅で、入り口の柱に体をもたれかけている。
「寝る前に水でも飲もうかと思ってさ。宗三こそどうしたの、こんな時間に」
「あれが喉が渇いたと言うので。僕も水分が欲しいところだったので、ついでに持っていってやろうかと」
 へえ、とその言葉にすこし感心した。なんだかんだ、あの二振りは仲良くやっているらしい。あの宗三が、もののついでとはいえわざわざ世話を焼いてやるなんて。
 蛇口から直接コップに注いで飲み干す自分の横を通って、宗三は二つのグラスを棚から出す。宗三が通り過ぎるとき、ふと言い表し難い匂いが鼻について思わず振り返った。
「……なにか?」
「あ、いや……なんでも……」
 明らかにおかしい自分の挙動に、宗三が眉を寄せて問うてくるが、なんとも言えず言葉を濁して目をそらした。ごまかすようにもう一口水を飲む。
 すれ違う一瞬だけだったが、なんとも言い難い……正確には、ちょっと口にするのは憚られる感じの匂いがしたのだ。生臭いというか、その……まあ、男性らしい匂いだ。察してくれ。
 決して偏見があるわけではないが、宗三のような見た目からああいう匂いがするのは、なんとも変な気持ちになる。普段が女人のように、華やかないい匂いがするだけに。
 宗三はそのまま冷蔵庫から水のボトルを一つ取り出して、厨から出ていこうとする。
「夜更かしは感心しませんね。はやく寝るんですよ」
「……わかってるよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
 コップに口をつけたまま、妙な心地のままでひらひらと手を振って立ち去る宗三の後姿を眺めていた。

 

 最後に、これはつい先日のことだ。
 最近高い負荷をかけるような出陣ばかりで、時には重傷に追い込まれることも増えてきた。万が一のことも考えて、最近は第一部隊には全員に必ずお守りを持たせるようにしている。情けないことに貧乏暮らしなものでろくにお守りの数はなく、帰還してきたら回収するのだが。
 必ず帰ってくるようにと、出陣前に必ずお守りを手渡しすることにしている。そこでの出来事だ。
 今回の出陣部隊は、鳴狐、小夜、不動、長谷部、宗三、堀川、石切丸。いつもといえばいつもの面子だ。慣れたように一口一口お守りを渡していく。
 長谷部の順番になったとき、鼻を突いたにおいに既視感を感じた。
 まただ。
 お守りを渡すときに近づく一瞬、またいつぞやのような、欲を掻き立てる甘い汗の匂いが香る。別にだからといって咎めるようなことも間違いを犯すようなこともないのだが、主に対してはデレ全開の長谷部がそんな匂いを漂わせてるとなんか落ち着かない。
 こちらの内心の焦りには気づいた様子もなさそうに、長谷部はお守りを恭しく受け取り下がる。
 続いて宗三が前に立ち、お守りをその手に授けようとする。
 そのために近づくその瞬間、いつもどおりの花のようないい匂いがふわりと香るのだが、その中に、かすかに感じる、まるで肉を喰ったあとのような、雄々しい匂い。
(あ、これもしかしてもしかすると)
 三回目にしてようやく気づいてしまった内容に、一人で勝手に狼狽して、内心で相当うろたえながらもなんとか平常心をとりつくろう。
 これ、情事の残り香ってやつじゃないの。しかも本刃たち気づいてない。
 表向きだけは平常心を保ちながら、いつものように皆を見送ろうとする。激励にうなずいて出陣ゲートへと歩いていく部隊の殿をゆっくりついていく宗三にだけ、みなに気づかれないようちょいちょいと肩を叩き、耳元でこっそりと聞いてみた。
「……あのさ、前、娘さんを僕に下さいって言ってきたじゃん」
「言いましたね、そんなこと。今更どうしました? 返しませんよ」
「いやそれはいいんだけど……やっぱ、お前が旦那なの?」
 無粋かな、とは思いはしたが、やっぱりなんとなく気になった。意味は通じるだろう。完全に興味本位だ。
 自分の言葉に、宗三は薄く笑みを浮かべて、口元に指を押し当てて囁いた。
「……秘密です」

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