青少年の春 - 1/2

「くそじじい、出かけるよ」
「うん?」
 一文字の若いのをからかい倒して遊んでいた一文字則宗に、加州清光が声をかける。腕を組んで仁王立ちで立つ、その顔に浮かべる表情は、どこかぶすっとしている。御前が加州に気を取られた隙に、膝の上で可愛がられていた南泉はこれ幸いとばかりに逃げ出した。
「あ! おい、南泉の坊主、逃げるなよ」
「俺は猫じゃない……にゃ! 猫っ可愛がりされても嬉しくねー、にゃ!」
「そりゃあ嫌がるお前さんを無理やり可愛がるのが楽しいんじゃあないか。年寄りの道楽くらい大目に見てくれたっていいだろう」
「……うん、あんたが南泉をどう扱おうとどうでもいいんだけど、とりあえず今回は諦めて。こっちにも用事があるんだわ」
 加州の横をすり抜けて逃げ出す南泉を名残惜しそうに見送って、則宗は加州の方にようやく目を向ける。
「で、何だ坊主。お前も可愛がられにきたのか」
「冗談。主からの命令。そろそろあんたも城下に出てもいいってさ」
 特命調査の調査員、ということだけあって、政府からの情報解禁までは、配属されてきた本丸には緘口令が引かれていた。そのせいでろくに外出もできなかったが、つい先日ようやくそれが解禁されたということらしい。
「おお、そうかそうか! いやあ、本丸での生活もなかなか楽しいものだが、そろそろ外の世界も見てみたかったところだ。それで、案内はついてくれるのか?」
「……俺がつく。不本意ながらね」
「そうか。そりゃあ……楽しい散策になりそうだな?」
 にやあ、と則宗が目尻と口の端を上げて笑う。その笑みを見た加州は露骨に嫌そうな顔をした。
「なんなのその顔。気持ち悪い。やめてよね、俺は全然楽しくない」
「それは残念。お前と出かけられて、僕は純粋に嬉しいんだがね」
 先ほどのわざとらしい笑いかたではなく、ふっと自然な表情で呟かれたその言葉に、加州はぐっと一瞬何かを飲み込むような表情をする。まるで照れ隠しのように語調が荒くなるが、後ろにいくにつれて段々かぼそく消えていく。
「あっそ。なら、いちいちからかうのやめてよ。それさえなきゃ、俺だって……」
「何か言ったか?」
「なんでもない! いいから、支度して。最初の給与前に貰った手当があるでしょ。服は戦闘着のままでいいから、はやく」
「そう急かすな。まったく、最近の若いのは」
 よっこらしょ、とまったくもって年寄りくさい掛け声をかけながら腰を上げて、物入れをあさる。懐に財布を適当に突っ込んで、加州の後ろに並んで部屋を立ち去った。

 

「ここが主に審神者用の万屋。資材とか、札とか、あと増築とか依頼する時もここ。今は関係ないかもしれないけど、おつかいとかやるようになったらここにくればいいからね」
「ふむ、ここに来れば何でも揃うと聞いたが、店内はそれほど広くないのだな?」
「基本的にここは受付窓口みたいなもんだから。買ったものはすぐに本丸に転送されてくる」
 きょときょととあたりを見回す則宗と、慣れた様子で説明をする清光である。時期がらか、同じように案内をされている元監査官が多いのか、目を離すと自分の本丸の個体を見失いそうだった。
「これは?」
「あー……本丸の制度が始まって、六周年だからね。記念ってことでセールやってるみたい。あんた、政府所属だったくせに知らないの?」
 ふと疑問に思っていたことを、加州が尋ねてみる。本丸の騒ぎも目の当たりにして説明を聞くまで知らなかったようであるし、政府の刀剣ならそのあたりも知っていそうなものだが。
「少なくとも、僕……まあ、一文字則宗の付喪神が顕現されたのは、この戦が始まってから後の話だからな。それ以前のことは、当然知らん」
「ふーん、そういうもんなの」
 少なくとも、加州清光の付喪神はこの戦の初期からいた。自分は初期刀個体ではないが、もし初期刀であるならその辺りの話も知っていたりするのだろうか。
 今度山姥切にでも聞いてみよう、と思いながら、もう説明することもないかと万屋を後にする。これより先は、刀剣男士用の万屋街だ。
「で、ここから先が本番。戰にも息抜きが必要ってね。食い物屋、雑貨屋、飲み屋、遊戯屋、その他諸々あるけど、どこから回る?」
「まずは飯だな! 腹が減っては戦はできぬ、ってなぁ!」
「あんたって……ほんと生きるの楽しそうね」
 歌うようにあげた声に、呆れを含ませつつ加州が笑う。なんだかんだいって、この刀のこういうところは嫌いではなかった。その対象が自分になると、途端にムカつくけれど。
「なら、そこの角にいい洋食屋があるんだ。ふわふわの卵が乗ったオムライスが可愛くてさー、一度行ってみたかったんだよね!」
「新選組の奴らとは行かなかったのか?」
「あいつらと行っても楽しくないし! それに、あー……」
 そこで一度口ごもり、もごもご口の中で言葉を籠もらせたが、結局小さな声で言い切った。
「……あんたと行きたかったって言ったら、変?」
 そんな加州の様子をどこか穏やかに眺めていた則宗だったが、ぽんぽんと加州の頭を撫でる。
「いや、嬉しいさ」
「……ガキ扱いやめてよね」
 表情にはにかみを残しつつ、加州が頭の上の手を払いのける。その仕草を眺める則宗の顔は、暖かみのあるものだった。

 

「俺はもちろんオムライス頼むけど、あんたはどうする?」
 対面に座った則宗にメニューを手渡す。それを受け取った則宗はやる気なさげにぱらぱらと一通りめくったあと、そのまま加州に突っ返した。
「僕は同じものでいい」
「飲み物は? なんか飲む?」
「それもお前さんと同じでいい」
「張り合いないなぁ……」
 まあいいや、と呟いて、加州が給仕に声をかける。
「オムライス二つと、ダージリン二つで」
「かしこまりました。お飲み物は食後になさいますか?」
「うん、お願い」
 慣れた様子で注文を済ませて、目の前の則宗を見る。さも当たり前のように応対する加州と違って、物珍しそうに店内を見る姿はまるで子どものようだ。
 このあたりまでくると同位体の姿もほぼ見かけないせいか、見慣れない新監査官の姿は少し目立つ。物珍しげな視線が集まるのを感じて、少しだけ加州は眉をひそめた。
「ちょっと、少しはじっとできないの」
「済まないな、何分全てのものが目新しくてな。何をするにも自由というのは悪くない」
 そう悪びれもせず言われて、毒消も抜けるというものだった。もう何も言わず、目の前の則宗を眺めるだけにとどめた。
 目を細めて他のテーブルを眺めたり、外の人波を眺めたり、他刃で賑わうさまを見るだけで随分と楽しそうだ。
 もともとこいつはひと、ものが紡ぐ営みが、物語が好きなのだろう。まあ、好ましい相手が楽しそうにしていることに口を挟む道理もない。
 そうやって時間を潰していれば、料理が届けられた。半熟の卵がいくつもの襞を作るように盛り付けられ、さながらドレスのようだ。
「うわー! かわいいー!」
 テンションの上がった加州が、端末を取り出しいくつか角度を決めて写真を撮る。そのさまを不思議そうに則宗が眺めていた。
「こりゃどういう作りなんだ? ほんとに食い物か?」
「食べ物に決まってるでしょ。どうだろ、燭台切なら再現できるかな……今度聞いてみよっと」
 一通り満足して端末をしまうと、律儀に待っていたのか、則宗が両手を合わせる。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
 則宗が、おそるおそるスプーンを差し入れ、一口くちに運ぶ。
 途端、ぱあっと顔が明るくなって、うんうんと嬉しそうに頷いた。
「そんなにおいしい?」
「うん、美味い。美味いもんが食えるというのは幸せだなあ!」
 上機嫌で続きを口に運ぶ則宗を見ながら、加州も匙を掬う。ぱくりと口に含めば、バターとミルクの香りと甘みと、チキンライスの甘辛みが広がった。
「んー、おいしい! 見た目だけじゃなくて味も抜群とか、そりゃ流行るよ」
 オムライスに舌鼓を打ちながら、則宗の様子も伺う。珍しく年長者ぶった仕草をやめて、心底幸せそうにスプーンを口に運んでいる。そんな姿に、二重の意味で胸が一杯になった。
 ほんと、こういう姿だけ見てればきれいなひとなんだけどな、と、内心で思った。
 けれど、一筋縄ではいかない性格を加州はよーく知っている。知った上で、その性格を含めて惹かれたことも、自覚している。
 ふたりともすっかり皿の上を空にして、食後の紅茶を飲む。これもまた、則宗が香りをすんと嗅いだとたん、とても嬉しそうな顔をしたのが印象的だった。
「……あのさ、政府にいた頃って、こういうことやらなかったの? 美味しいもの食べたり、遊んだりさ」
 ただの食事だというのに、あまりに満喫した様子をみて、加州が問いかける。先程から、何もかもが初めてだという反応だったからだ。
「さてね。現場は現場、上は上。あまり詮索はしないほうがよかろうよ」
「詮索って、そういう意味じゃないよ。ただ、あんたがあまりに楽しそうだから」
「そりゃあ楽しいさ。若いのとこうやって、忌憚なく遊べるんだからな」
 なんだかはぐらかされた気もするが、要は答える気がないと言うことなのだろう。これ以上聞いても無駄だと、この話は切り上げる。それよりは、せっかくふたりで出かけてるのだから、この時間を大事にしたかった。
 則宗の手前、嫌々ながらという態度はとったが、実は案内役をかって出たのは加州からだった。気に食わないけれど、ムカつくけれど、それ以上に惹かれていた。
 もっと構われたい、主に愛されるのとはまた別の意味で、こいつにも愛されたい。……好きなのだと、不本意ながら認めざるを得なかった。
「さて、腹も膨れたことだし。可愛いもの集めに行く?」
「お前さんはほんとに『可愛いもの』が好きだなぁ」
「当たり前じゃん! 自分が可愛くなるには、可愛いものでデコるのが一番の近道だよ。可愛くなれば愛してくれるかもしれないでしょ?」
「別に、お前さんはそのままでも十分可愛いがなあ」
「なっ……に言ってんの、このじじい」
 うははは、と笑う則宗の顔が見られなかった。なにせ加州の顔は、自分でもわかるほど真っ赤だったので。どうせこちらをからかっただけだとわかってはいても、心臓に悪い。だから何回でも思うのだ、このくそじじいと。

「それで? お前の言う可愛いもの、ってのはどういうやつだい?」
「んー……俺がよく行く店でもいいんだけど、今日はあんたの城下デビューなわけだしさ。テキトーにそのあたり歩いて、あんたが惹かれる店があったら覗けばいいかなって」
「つまり、ノープランか。悪くない」
 だらだらと、愚にもつかない事を喋りながら街並みを歩く。あっちこっちに気をちらして歩みが遅れがちな則宗とはぐれないよう、加州は意識してゆっくりと歩く。ひとりだったり安定とだったり、他の仲間と来る街と違って、こいつと歩く街はそれだけできらきらと違って見える。恋の力ってすごいなって、少し恥ずかしいことを思ったりもした。
 何度目かに離れそうになったときに、どきどきしながら手を伸ばして、則宗の手を握る。手を握られた則宗は一瞬きょとんとした顔をしたあと、何事もなかったかのように握り返してきた。握った方の加州の方が逆に焦るくらいだ。
 じわりと手汗が滲んだ気がして、ばれないかどうか気が気でない。それでも、繋いだ手を離すつもりはてんでなかった。

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