その数日後、兄弟から電話が来た。
依頼人と面談をするので、参考として来てほしいとのことだった。
長谷部の幼馴染と聞いていたから、てっきり似たような優男がいるのかと思っていたら、兄弟に紹介された依頼人とやらをみて心底驚いた。
桃色に染めた長い髪を垂らした、中性的な面立ちの背の高いその男は、あらかじめ男だと聞いていなかったら性別を間違えそうになるくらいには美しかった。そういえば、酔った会話の中で「下手な女より美人な男」と言っていたか。少し緊張しながら、お互い礼をしてソファに腰かけ対面する。
「今回は、こちらの事務所に依頼させて頂いた宗三と申します。本日はよろしくお願いします」
「長谷部……さんを預かっている、堀川切国と申します。よろしくお願いします」
普段使わない敬語を無理やり使って、どうにも尻のすわりが悪い。困ったように兄弟を見れば、にこにこと笑いながら助け舟を出してくれた。
「宗三さん、こちらの切国は僕の兄弟です。本来の依頼内容であれば、長谷部さんをお連れすればいいだけの話なんですが……どうも、切国がそれだけだと納得できないようでして。依頼内容からは多少逸れますが、もしよろしければ、詳しいお話をさせていただきたいんです。お互い敬語ですと話しにくい部分もありますし、ここは気安い口調でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、それでかまいませんよ。僕は元々こういう口調なのでお気になさらず、好きにお話しされてください」
じっと、品定めをするような視線を相手から受けて、どうにもいたたまれない。まあ、相手の立場からすると当然か。好きな相手がよりにもよって知らない男の家に転がり込んでいるというのだから。
「……ええと、なら、遠慮なく話させてもらう。長谷部に会う前に俺と同席したいと言ってきたのはあんただそうだが、どうしてだ」
「そりゃあ当然でしょう。いきなり姿をくらませた親友が、見ず知らずの人間の世話になってると聞いて、一体どんな人間で、どんな顛末でそんなことになったのか、知りたくないわけがないでしょう?」
「どうして俺の家に転がり込む羽目になったのかは、兄弟から聞いていると思ったが」
「それでも、どんな人間か会ってみたいのが人情じゃないですか」
じろじろと、不躾なほどに見られて身の置き所がない。何も悪いことはしていないはずなのに、あの両の目で見られるとどうにもおちつかなくなる。
耐えきれなくて、つい余計な事を言ってしまった。
「……心配しなくても、俺はあいつの彼氏じゃないぞ」
「そう聞いてはいますけどね」
「疑り深いな……」
「あれの男性遍歴を知ってたらそうもなります。大体あれが選ぶ男はみなそう言うんです。自分はあいつの彼氏なんかじゃない、体よく使ってやってるだけだ、むしろ付きまとわれて迷惑だ、って。さんざん利用しといてどの口が言うんだか」
こいつもこいつなりに、長谷部のこれまでの相手に対して思うところは散々ありそうだ。まあ、それは長谷部に直接言ってやってほしい。言ってやった結果がこれなのだろうと思うと、どうしようもなさが引き立つが。
「だが本当に違うからな。あくまで間貸ししてるだけだ。あいつも俺は好みじゃないって言ってたし」
「……まあ、そう……かも、しれませんね」
重ねて言ったところで、ようやくしぶしぶといった形で相手は頷いた。
「本題はそれじゃないだろう。本当は何が聞きたいんだ」
「わりとこっちも本題だったんですけどね」
おい長谷部、お前の幼馴染、案外嫉妬深いぞ。
今はこの場にいない長谷部に胸中で文句を言う。さすがに面と向かって指摘する気にはなれなかった。
「……長谷部、元気してますか?」
先ほどまでの嫉妬の鬼もかくやといった表情から、急に憂い気な、美女そのものな表情に変わって落差に面食らう。どちらも本心なのだろうが、喜怒哀楽の激しい男だなという印象を受けた。
「お前の話が出なければ元気だな」
「……あなたに話したんですか」
おい、また嫉妬の鬼が出てるぞ、引っ込めろ。
表情のおっかなさに内心引きながら、それでも態度だけは変えずに言葉を紡ぐ。
きっと長谷部のあの様子だと、本人を前にしてどれだけ伝えられるかわからない。なら、その分、前情報を伝えてやるのが俺の義務だと思った。
「多分、長谷部のことならお前のほうがよく知ってるだろ。今度こそ絶対に逃がすな。あれは不安がって逃げてるだけだ。しっかり捕まえておけ。男だろ」
「……ええ、知ってますとも。ぽっと出の男どもなんかよりも、よほどね。……ねえ、乗りかかった船だと思って、僕の不安も聞いてもらえませんか」
自信ありげな顔の中に、ぽつんと一粒不安の色がにじんでいる。俺は黙することで肯定を返した。
「あの時、僕にしておきなさいと言いながら、最後には冗談ですよと逃げたのは……長谷部の心底おびえた顔に、怖気づいてしまったからなんですよ。本当は告白もするつもりじゃなかった。いずれはしたかもしれないが、あの時言うつもりではなかったんです。僕も、覚悟が足りなかった。……僕相手に、怯えたんですよ、あの子。そんな顔をさせたかったわけじゃなくて、とっさにごまかすつもりで冗談にしてしまった。けど、あの子は案外聡い。僕が本気なのはわかってしまったはず。……案の定、ごまかしきれずに逃げられて、心底後悔しましたよ。中途半派に逃げなければよかったと」
はあ、とため息をつく憂い顔は、傾国の美女と称するにふさわしい。けれど、中身はまぎれもない、獲物を狙う鷹だった。
「どこかで慢心していたんでしょうね。長谷部が僕を拒絶するわけがないと。だから、一瞬だけでもそんな顔を見せられて、つい怖気づいてしまった。……情けない」
「……たぶん、その顔は、拒絶であって拒絶じゃないと……思う」
自分の少ない語彙が恨めしい。なんとか、自分に使える限りの言葉で、思ったことを伝える。
「長谷部は現状維持を望んでた。関係が変わったら、お前も自分を捨てるんじゃないかと。でも、あいつの話を聞いてる限りだと、どう見てもお前に気があるぞ。何度も言うが、あいつは不安がってるだけだ」
「……そんなことだろうとは思いましたよ。でもね、その時は頭がいっぱいで、考えられなかった」
自分の中の不安を吐き出してすっきりしたのか、先ほどよりはよほど険の取れたやわらかい表情で宗三が顔を上げる。
「ありがとうございます。長谷部に会う前に、あなたと話せてよかった」
「俺としても、それこそ乗りかかった船だしな。うまくまとまってくれないと目覚めが悪い」
「ふふ、それは任せてくださいよ。もう逃がしませんから」
口元に手を当てて優雅に笑って見せる宗三は見た目だけなら本当に美人なのだが、言っている内容がいかんせん物騒すぎる。
話がまとまったところで、兄弟が締めに入る。
「じゃあ、お互いの日程合わせに入りましょうか。長谷部さんのところは基本いつでも大丈夫なんだっけ?」
「ああ、俺がいなくてもいいならいつでも。俺が必要なら、大学終わりでバイトがない日に相談してくれ」
「せっかくだし立ち会ってくださいよ。逃げ出した時の確保要因は多いほうがいいですし」
「なんで逃げる前提で話をするんだ」
「だって長谷部ですもん。絶対一度は逃げようとしますよ」
「では、宗三さんも都合のいい日程をまた連絡ください。今日はご足労いただきありがとうございました」
「こちらこそ、話を聞いていただきありがとうございました。では、また後日」
宗三は優雅に一礼をして、事務所を立ち去った。後に残った兄弟と二人で、ぐったりとソファに沈み込む。
「なんというか……さすが長谷部の幼馴染って感じだな」
「長谷部さんって人もあんな感じなの?」
しみじみとつぶやいた独り言を兄弟に拾われて、疑問符を浮かべられる。そういえば、この中で長谷部を知らないのは兄弟だけだった。
「いや、全然違うんだが、こう……ああいうのの幼馴染やるならこういうやつじゃないと無理なんだろうなと、さっきの奴を見てて思っただけだ」
「なんだか長谷部さんのイメージが全然掴めないなあ。写真だと真面目そうな人なのにね」
「真面目、ではあると思うんだが……どこかネジが外れてるんだよな、あいつ」
「……兄弟も今日はお疲れ様。ありがとうね。また、宗三さんから連絡来たら伝えるよ」
「わかった。……ところで今日は兼定はどこ行ってるんだ?」
今日は最初から三人だけで、看板になっている肝心の兼定の姿が見えない。いまさらながら不思議に思って兄弟に聞くと、あっさりと答えが返ってきた。
「兼さんはこういうの不向きだからね。別の案件で動いてもらってる」
「……ほんと、ここって兄弟がほとんど切り盛りしてないか?」
「やだなあ、僕は兼さんの助手だよ!」
からからと笑う兄弟に相変わらず腑に落ちないものを感じながらも、自分も事務所を後にした。
迷い犬と拾い主 - 4/5
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