その続きはまたあとで - 1/3

 ざわ、と表が騒がしくなるのを感じて、はたきをかける手を止める。
 もともと、そろそろ彼が帰ってくるころだと思うと、ちっとも集中できなかった作業である。取り落とすようにはたきを手放して、玄関口へ駆け出した。ばたばたと、常の自分に似つかわしくないような足音が響く。
 同じように彼の帰還を悟って集まったものたちの間から、打刀にしては背の高い彼の頭が覗くのが見えて、呆然とひとびとの間からその姿を眺めた。
 旅立つ前とがらりと色合いの変わった装束は、やはりどこか神父然としたなりをしている。どこか自分たちと通じていた紫の色を捨て去ったその姿に、ばくばくと心臓が波打った。
 かつての、織田の家のことを捨て去ったようなその姿に、自分たちのことも捨て去られたような錯覚を受けて。
 そこでひとなみがゆるりと捌けて、向こうもこちらに気づいたようだ。真っ直ぐこちらに歩いてくる姿に、喜びと、どこか焦燥感を感じる。
「今戻った」
「……おかえりなさい。無事に修行を終えられたようで、何よりです」
 以前と変わらない、親しみの込められた視線を込めて微笑まれ、焦燥感は安堵に変わる。それでも、どこか魚の骨が喉にひっかかったように、ちくりと不安のかけらが胸中をひっかいた。
 だって彼は、忘れようとするひとだ。どうにもならないことを、飲み込みきれずに忘れようとすることで、乗り越えようとするひとだ。もし今回の修行の旅で、魔王のことを吹っ切ろうとしたのであれば、それに纏わる色々なことを忘れ去ろうとしないだろうとどうして言える。魔王のことを忘れ去るように、魔王の逸話ありきの存在である僕のことを、一緒に切り捨てるのではないかと、どうして疑わずにいられようか。
 考えすぎだと、悲観しすぎだとはわかっている。けれど、彼に『その他大勢』といっしょくたに扱われるのは、どうしても耐えられない。
 これから主に報告に行くのだろう、すぐ側を通り過ぎるとき、すれ違いざまに耳元に囁かれた。
「……今夜、俺の部屋に来てくれないか。話したいことがある」
 振り返って、遠ざかっていく後ろ姿を見る。まだ耳の中で響いている言葉を頭の中で噛み砕くが、その意図が読めず緊張で体がこわばる。反射的に握りしめていた手のひらに、じわりと汗が滲んだ。
 話したいことは何なのかということもさるながら、夜、部屋でというシチュエーションに、どうしても前回の記憶が重なってしまう。
 長谷部だって忘れたわけではないだろうに、わざわざ指定してきた意図が読めなかった。

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