長谷部と自分は顕現時期も近いせいか、それなりに仲がよかった。よく連れ立って出かけたり、暇なときに無駄話に花を咲かせたりもしたものだ。
しかし、夜に部屋で膝を突き合わせるようなことはあまりなかった。特に理由はなかったのかもしれないが、もしかしたら自分は無意識に避けていたのかもしれない。内心の下心が、顔を出さないように。
それなのにたった一度だけ、夜に部屋で過ごしたことがあった。その一度で、やらかしかけた。
元の主の影響か、自分は彼と違って酒に強くない。それでも彼と同じように酒に強い輩と、楽しそうに飲んでいる姿が好きで、そんな姿を一度でいいから間近に見ていたくて、ちょっとした気まぐれで晩酌に誘ったのだ。
不動から拝借した甘酒を持ち込んで、長谷部の部屋に上がり込む。長谷部の分も、同じ所に長いこといた日本号に、手土産に丁度いい銘柄などを聞いて持ち込んだ。
こちらが酒に弱いことを知っている長谷部は、晩酌と聞いてあまりいい顔をしなかったが、こちらが持ち込んだ土産と自分用の甘酒を見て、まあよかろうと釣り上げた眉を緩めた。
「さすがにこの程度なら、僕でも飲めるので」
「まあ、甘酒で正体をなくすほど酔えるとも思えんしな……好きにしろ」
不動のあの酔いつぶれ具合はただの現実逃避も含むだろ、と言いながら、こちらの向かいで手酌で徳利の中身を干していく。
酔って正体をなくすほどではない、ほんのり香るアルコール。それでも徐々に上がってくる体温と、ほのかに体に巡る酒精からくる心地よい浮遊間に、頭の中がぼんやりと浮ついて、現実感がなくなってくる。
目の前に好いた相手がいることもあって、とんでもなく気分がよかった。
だから、うっかり魔が差したのだ。
長谷部の形のいい唇がうっすら開き、透明な液体を嚥下する。ごくり、と喉仏が動く。その一連の様子を見ていると、どうしてもその唇に触れたくてしょうがなくなっていた。ぼんやりとした微熱に浮いた頭のまま、身を乗り出して長谷部の顔に手を伸ばして覆いかぶさる。
「……そう、ざ……?」
「……長谷部」
向こうはちっとも酔いなど回っていないようで、素面そのものだ。ふいに触れてきたこちらの手と、覆い被さる影に目を見開く。どこか呆然と呟くその声を聞こえなかったことにして、好きなようにその頬に触れた。
シャープなラインを描くその頬を、愛でるように何度か撫でる。指先が長谷部の耳元を掠めるたび、長谷部はびくっと体を震わせた。
目を丸くしたまま固まる長谷部に、顔を近づける。今自分が浮かされているこの熱は、酒によるものなのかそれとも状況によるものなのか、もはや判別がつかなかった。
鼻先が触れ合う距離まで近づいたのに、急に距離がぐいと離される。
長谷部が腕をつっぱり、こちらを押しのけたのだ。強い力ではなかったが、明確な拒絶に、はっとそれまでの酔いが一気にさめる。
強烈な後悔が押し寄せてきて、長谷部の表情を伺おうとする。けれど長谷部は腕をこちらに押しやったままうつむいてしまっていて、前髪の影に隠れて表情までは伺えない。
「あ、の……その。すみません、少し、酔いが回ってしまって」
焦る気持ちを抑えて謝罪をするも、長谷部はその状態のまま微動だにしてくれない。俯いて、表情も伺えないままで、はたして何を考えているのか、てんで読めなかった。
「……すみません、今日はお開きにしましょう」
重く落ちる沈黙に耐え切れなくなって、逃げるようにその場を後にした。
次の日の朝、昨日のことをどう持ち出せばよいのか迷っていたのだが、長谷部が何事もなかったかのように話しかけてきたので、なかったことにすればよいのだろうとあえて自分から持ち出すことはしなかった。
その数日後、長谷部が修行の申し出をした。この一件がきっかけの一つになったのだろうと思うのは、思い込みが過ぎるのだろうか。