花を吐くより砂を吐きてえ - 2/3

 そんなわけで、急遽自室で療養することになった俺のお目付け役に、今現在の近侍である薬研が付くのはわかる。わからないのは鬼気迫る顔で枕元に正座する宗三だ。
「どうして今まで何も言わなかったんですか。こんなもの、すぐ完治できる病でしょう」
「何でそんな断言ができるんだ……」
 断続的に襲う吐き気に嘔吐きながら、呻く。ごほ、と咳をするたびにはらはら口から溢れる桜の花弁で、こいつが何か気づいてしまいやしないかとヒヤヒヤしながら。
「貴方が? 誰に? そんな恋煩いをしているのかは知りませんが。そんなに拗らせるくらいなら、さっさと告白してしまえばいいんですよ。それで解決する話じゃないですか」
「いや、両想いにならないと駄目だって書いてあっただろ。告白された相手にその気がないなら、俺が花吐き病で折れたとわかると負担になるだろ、色々と」
 ちら、と薬研の方をこっそり伺うと、ものすごく生温かい目をしてこちらを眺めていた。その視線の生ぬるさに、あ、コイツは気づいてるなと察する。まあ、こいつなら気づいてもおかしくない。というか、こいつなら花の種類で確実に気づくだろうなとは思っていた。
 宗三は俺の返事の何が気に入らなかったのか、ますます目を吊り上げて声色を固くする。
「へえ、貴方に告白されて、断るようなものがいると。そうですか。それは誰なんですか? その相手とはじっくりお話をつけてきてあげますよ」
「いや……その……」
 美人は怒っても美人だとはよく言うが、美人の凄み顔というのはちょっと夢に出そうなくらいには恐ろしい。そんな様子の相手に『実はその相手はお前なんだ』と告白できる奴がいたら教えてほしい。俺には無理だ。
 正直、片想い相手にここまでこの病を心配……だよな?多分……されているという状況に置かれて、少しくらいは告白してみてもいいかなという気分にはなっている。本命になれるとは思っていないが、これくらい心配……で合ってるんだよな?……して貰えるのなら、お情けで愛人程度には囲ってもらえるんじゃないかくらいには思いつつあるのだ。
 なんせこいつには、元の主から受け継いだ天下人気質が身についている。
 最初はその気がなかった相手でも、情け心の一つでも出してもらえれば、愛人のひとりやふたり、抱える程度の甲斐性はあると踏んでのことだった。
 けど、ここまであからさまに腹を立てている相手に、どう切り出せと。
 この状況に気づいているであろう薬研に助けを求めて視線を送る。なまぬるーい目をした薬研は、普段からは想像できないような曖昧な笑みを浮かべて、宗三を宥めにかかった。
「まあまあ、落ち着けって、宗三。お前がそんな拗ねた態度だと、長谷部も相手の名前なんて言えやしないだろ」
「僕だって本当なら聞きたくもないんですよ、へし切の想いびとなんて! でも! 叶わないと折れるだなんていうから! 仕方なく! 仲を取り持ってやろうって言うんですよ!」
「わかったわかった! とりあえず落ち着け!」
 宗三と薬研のどなり合いに、『聞きたくもないって、やっぱり俺に対する好感度は低いのか』とか『へし切と呼ぶな、長谷部と呼べ長谷部と』とか『そこまで嫌々仲を取り持たれても』とか『こいつは何でさっきからキレてるんだろう』とか、色々頭の中をよぎる。ごほ、とえずけば、また桜の花びらがごぼりと溢れた。
 こちらが上の空で嘔吐いている間に、宗三と薬研はひととおり怒鳴り通したのか、ひとまず大人しくなっていた。薬研の目が心なしか死んでいるのが気にかかる。
「それで? 貴方がそんな病にかかるほど想い煩ってる相手っていうのは、どこのどなたのことなんです? さっさと吐きなさい」
 少しは落ち着いたものの、まだ『私は怒っています』という態度丸出しな宗三に腰が引けて、薬研を見る。薬研からは『一旦黙らせたんだから、さっさと告白しちまいな』と雄弁に語る死んだ目を向けられて、しょうがなしに腹を括った。
「お前だ、お前」
「………………」
 一拍、二拍、三拍。
 ぱちくりと、何を言われたのか心底理解できないという風に目を瞬かせる宗三の様子を見て、まあそうなるよなという諦観を込めたため息をついて言葉を重ねた。
「俺が好きなのはお前だよ、宗三。そこまで心配……?してくれるなら、今すぐとは言わんが少しずつでも情けをかけてくれると嬉しい」
「………………」
 カチコチと、急に静かになった室内に、アナログ時計の針の音が響く。完全にフリーズした宗三を見て、驚くのはわかるがショックを受けすぎじゃないかこいつと思っていると、一際強い嘔吐感に襲われた。
「ッお、ぇ」
 思わず横を向いて、口元を手で覆い、花を吐き出す。今までの、ひらひらと舞い散るように吐き出された桜とは違った感覚に思わず手元を見ると、そこには見慣れない花があった。
「白銀の、百合……?」
 それは、その花の意味するところは。
 そこに行き当たる前に、ふわりと体に覆い被さってきた重さと体温に、思考を遮られた。
「なっ……! 宗三?!」
「ばか。本当に馬鹿ですね、貴方は。なんで早く言ってくれなかったんですか。……いえ、僕が悪かったのかもしれませんね。僕の方から告白してしまえばよかったんだ」
 宗三の長い髪が、ばさりと視界を横切っている。喋るたびに、耳元に吐息がかかり、皮膚を震わせる。きゅっと抱きしめられた肩からは自分のもの以外の体温が伝わってきて、熱などなかったはずなのにどんどん顔に熱が上がっていくのを感じた。
「それこそ、こんなものすぐ完治する、馬鹿馬鹿しい病でしたね。だって、告白さえすれば、それでおしまいになるんですから」
「え、あ、それは」
 ドキドキと心拍数があがってきて、心なし呼吸まで苦しくなってきて喘ぐように息を吸い込む。白銀の百合、その意味するところ。まさかそんな都合のいいことが、という疑心暗鬼を消し去るように、先程までの怒りの名残など一切ない、甘く柔らかい宗三の声が耳を打った。
「僕も貴方が好きですよ。両想いですね、これで」
 そのしっとりとした声の響きに、ぞくりとした感覚が背筋を駆け上る。こちらの肩を抱いていたはずの宗三の手はいつの間にか頬に伸びていて、くるりと顔を後ろに向けさせられる。どんどん近づいていく緑と青の色違いの瞳に耐えられなくてぎゅっと目を閉じると、唇に柔らかいものが優しく触れ、啄まれた。
「あー、あー! おふたりさん、盛り上がってるとこ悪いが、病気の方は完治したってことで間違いないな?!」
 パン、パンと空気を切り裂くような音に目が覚めるような心地で瞼を見開く。あわてて音の方に目を向ければ、普段からいいとは言えない顔色をさらに青くして表情をひきつらせた薬研がいて、こちらの顔まで引き攣った。
 悪い薬研。空気に飲まれて、お前がいることすっかり忘れてた。
「あ、あぁ。白銀の百合も吐いたし、吐き気も治まってる」
「なら、俺っちは大将に報告に行ってくる。長谷部は一応病み上がりって形になるんだから、くれぐれも今日一日くらいは安静にしておけよ。いいか? 安静にさせるんだぞ?」
「なんですかその念押し。まるで僕が安静にさせないみたいじゃないですか。まあそのつもりなんですけど」
「安静にさせろ! じゃ、そういうことで!」
 ひときわ強く言いきって、そそくさと逃げるように薬研は部屋から出ていった。
 冷静になって考えてみると、薬研には悪いことしたな……という気持ちになってくる。いきなり目の前で旧知の仲同士のキスシーンが始まれば、そりゃ気まずいだろう。
 薬研が出ていったのを確認して、宗三がもぞもぞとこちらの背中に張り付くように布団の中に入ってきた。腕が前に回され、後ろからぎゅっと身体を抱きしめられる形になり、また先程のドキドキが戻ってくる。
「ねえ長谷部。まだ気持ち悪いとか、どこか具合が悪いとか、そういうのあったりします?」
「い、いや。ない。白銀の百合を吐いた途端に全部治まった」
「なら」
 ちゅ、と耳の付け根にいきなり口付けられて、反射的に体がこわばる。そんなこちらの反応を宥めるように宗三は抱く力を強くして、そのまま耳元で囁いた。
「しばらくこうしていていいですか。安静には一応させますから」
「……心臓に悪すぎて、安静にはならんな」
「ふふ。この程度のこと、早く慣れてください。初な反応をする貴方も可愛らしいからいいですけど」
 そんなことを言われても。
 長く恋煩った相手と、いきなり両思いということになって、後ろから抱きしめられている。そんな状況で動揺しないほど、こちらは神経が太くない。むしろ両思いだからと早々に触れ合い始めるこいつのほうがどうかしていると思う。
 やはり慣れているのだろうか。だろうな……
 自分で考えておいて面白くなくなってきたので、ごろりと寝返りを打って宗三に面と向かい合う。なんとなくむしゃくしゃするような、もやもやするような気持ちを誤魔化すように首元に顔を埋めて抱きついて、額を鎖骨にこすりつけた。
「ッ、可愛いことするじゃないですか」
「うるさい。早く慣れてほしいんだろ」
 頭上から降ってくる宗三の嬉しそうな声に、自分でもわかるくらいに拗ねた声で返事をして、背中に回した手を握りしめた。

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