こちら政府末端便利屋本舗 - 2/5

『宗三左文字が単独にて先行潜入。審神者と面通し後、前情報通りか確認。差異なく、本丸運営に問題ありと判断。へし切長谷部を追加投入し、審神者は処分、刀剣男士は個別カウンセリング後当該処置』
「いっつも思いますけど、実際の行動と報告書の重みって、全然釣り合いませんよね」
「まぁしょうがない。報告書なんてそんなもんだ。なら、今度はお前が原稿用紙二十枚分の感動超大作の報告書でも書いてみるか?」
「謹んで遠慮申し上げます」
 帰ってきた二口から報告を受けた担当者が、簡潔に上への報告文を認めるのを、頭の上に顎を載せて寄りかかりながら宗三が茶々を入れる。
 いい加減重い、と頭を振って宗三を追い払ったところで、茶盆を持った長谷部が顔を出した。
「お疲れさまです。茶でもいかがですか」
「おー、ありがと。長谷部はどこぞの籠の鳥と違って気が利くねぇ」
「籠の中の鳥は囀ることが仕事なので」
「この開き直ったふてぶてしさよ」
 担当者の前のデスクにひとつ、その隣のデスクに一つ、そして担当者から振り払われて、しぶしぶもう隣のデスクについた宗三の前にひとつ。それぞれ湯呑みを置いて、長谷部も反対側のデスクについた。
 宗三は茶を啜りながら、PCに羅列された今回の本丸の所属刀剣を流し見する。そして、ある一振りの名を目にして、かすかに眉間に皺を寄せた。
「へし切長谷部、刀解。まあ当たり前だろうな」
 宗三の方など見向きもせずに、当たり前のように長谷部が言う。その表情はまったくもって平静の通りだった。
「……どうしてあなたはそうなんだか」
「俺に言うなよ。その個体が選んだ答えだ」
「だってあなただって、僕がいなけりゃ消えてたくせに」
 まるで甘露のひとしずくのように、大事に大事に長谷部の入れたお茶を啜る。
「自惚れるなよ、お前のためじゃない。主のためだ」
「……わかってますよ、僕自身が言い出したことなんですから」
「お前ら人を挟んで微妙な痴話喧嘩すんのやめてくんない? 身の置き場に困るんだけど」
 まぁ痴話喧嘩にすらなってないのが哀れなんだけどな、と、担当者は思う。
 元々この担当者が使っていた刀剣は宗三左文字一振りだった。皮肉げでありながら、歪んでいるなりに愛されてきた来歴もあって人への愛情も深い。その表現はひねくれているが、ひねくれ者同士うまくやっていた。
 その宗三が、ある日拾ってきたのがこの長谷部だった。特に反対する理由もなかったが、純粋に不思議で素直に迎え入れずにいたら、宗三がそれはそれは長谷部を推してくる。
 真面目で、柔軟性はないが責任感が強い、荒事にも向いている、命令には素直。お前そんなにひとを素直に褒めちぎるやつだっけ?と疑問に思うくらいプレゼンしてきた。
 まあ、元々ちょっとした意地悪で渋ってみせただけだ。そろそろ頃合いかというところで頷いてやれば、その翌日に事務所まで連れてきた。
 第一印象としては、なんの変哲もないへし切長谷部だった。ただ、第一声が問題だった。
「貴方がここの責任者様と聞いております。本来ならば、主と呼び仕えるべきなのでしょう。しかし、俺にはすでに仕えるべき主がおります。あなたを主と呼べない欠陥品ですが、それでも使って下さいますか」
「ちょっと宗三、どこの本丸から攫ってきたの。返してきなさい」
「攫ってやしませんよ、人聞きの悪い。同意の上です」
 よくよく話を聞いてみると、この長谷部の元の主は、現世で交通事故で亡くなったらしい。慣例に習い、その本丸の管狐が刀解か、移籍か、政府所属になるかの問いかけを刀剣たちにしているところで、たまたま話を耳に入れた宗三が興味本位で着いていったのだと。
 今生での主に寄り添うか、せっかく得た肉の体をもう少し楽しむか、あるいは一本丸の一刀剣としてはけして見ることのできない本部の様子を覗いてみたいのか。刀剣男士も一枚岩ではない、主に付き従わなかったからといって薄情だというわけでもない。
 しかし、どう考えてもへし切長谷部という刀剣は、主に寄り添う刀のはずだった。もちろん、刀解を選択したらしい。一秒たりとも迷わなかったという。
 そこに口を挟んだのが、うちの宗三だ。
「人は誰かの記憶に残り続ける限り、生き続けると言います。貴方がこのまま刀解を選ぶなら、貴方の記憶の中にある、貴方の主は一緒になかったものとなるでしょう。どこにも、誰にも残らない。……貴方は、貴方の主を生かしたくはありませんか?」
 あの世にはついていけないから、忘れることにした、と言うような刀に対して、随分と酷なことを言う。きっと長谷部にとっては、刀解してすべてをまっさらにしてやったほうが、苦しみもなく安らかに本霊に帰れるだろうに。
 『記憶の中の主の命』なんて不確かで、かつ長谷部からは到底捨てきれないものを人質にして政府へと誘うなんて、自分の宗三左文字ながら本当に意地が悪いと思った。
 ただ、どうやら該当本丸の宗三左文字も、長谷部の説得に協力的だったらしい。今まで長谷部と宗三といえば、同じ所蔵だったことがあるだけの軽い喧嘩仲間程度の認識だったのだが、この件で認識が覆された。
 少なくとも、宗三は長谷部のことが気に入っているのだろう。可愛がり方が軽く鬼畜の所業ではあるが。
 ともあれ、哀れにも宗三の口車に乗せられたへし切長谷部は、こちらの部署へと所属することとなったのであった。
 別に主と呼ばれないことに対して不満はない。そもそも政府刀剣というのは、個人の主に忠誠を抱く刀剣よりも、政府組織を裏切らないことのほうが肝要だ。
 その点では長谷部は信頼できる刀剣だ。もうすでに亡い主に操立てをしているのなら、割り込む隙がないからだ。
 こちらを上司と考え、尽くしてくれればそれでよい。わざわざこっちに引っ張ってきた宗三の考えなど、こちらが考慮してやる筋合いもない。
 つらつら考え事をしながらも、リストに目を通し終える。刀解希望七割、移籍三割。例外として政府希望が二振り……山姥切長義と南泉一文字か。まあ妥当だろうな。
「じゃあ長谷部は刀解組の引率、宗三は移籍組の引率頼むわ。俺は長義を政府に引っ張ってく」
「山姥切長義と南泉一文字の引率なんていります? 勝手に帰るでしょうあの刀たち」
「長義は十中八九経験者だろうが南泉は初めてだろ。まァ旧知の仲同士だろうし特に説明することもないと思うが、一応な」
「では、俺は先に刀解組を纏めてまいります。失礼します」
 さっさと自分の担当分のリストを作り上げた長谷部が立ち上がる。先ほど入れてくれたお茶を飲んでみるが、まだほのかに温かい。事務仕事の優秀な奴がいると助かるなーと、茶を啜るばかりで一向に手が動いていない方隣をジト目で眺めた。
「……やりきれませんね」
 長谷部が立ち去って暫くしてから、ひっそりと吐き出すように宗三がこぼす。
「何? お前この世のすべてのへし切長谷部を救いたいとでも思ってんの? 無理があるだろ」
 まさか本気でそんなこと思っちゃないだろうと適当ないらえを返したら、思いがけず重いため息が返ってきて、ぎょっとして宗三を見た。
 さすがに湯呑みは机に置いて、やる気なさそうにリストをまとめ、マッチング対象の本丸のリストアップにかかっている。
「へし切長谷部はああいう刀です。むしろ、うちの子があんな口先三寸で丸め込まれてくれたのが奇跡に近い」
 無理やり丸め込んだ自覚はあるのな、と茶化すのはやめておいた。宗三が珍しく、本心からの憂いを隠してもいなかったので。
「僕、昔から思っていたんですよ。なんであの子は人間として生まれなかったんだろうって」
 宗三がそう思う気持ちも、理解できる。長谷部のような、一人の人に誠心誠意仕えて、重用されることが無上の喜びといったタイプは、人間の家臣として生まれていたらさぞ幸せなことだっただろう。
 だが、長谷部は刀だ。どうこうたとえ話をしたところで、それは変わらない。
「……ああ、馬鹿らしい。そんな詮無い話をしたところで何も変わらない。せいぜいうちのを可愛がってやるとしますか」
「ほどほどにしてやれよ」
 宗三の『かわいがり』は、傍で見ていても長谷部がなにかと不憫でしょうがない。何を言っても流されるわ言い返されるわやり込められるわ。そもそも顕現時間でいって、宗三のほうがかなり長いのだ。さらには弁も立つ。長谷部が勝てるとしたら実戦くらいだが、比較的穏健なこの部署で実戦が起こることなどほとんどない。
 宗三が長谷部を相当気に入っているのは確かなのだから、素直になってやればいいのにと思わなくもないが、つい天の邪鬼を起こしてしまうという、自分にも似たようなところがある分強くも言えない。
 長谷部だって、気が弱いどころか、平気で言い返してくる気の強さがあることだし、まあいっか……と思うことにする。
 とりあえずは、仕上がった書類をプリントアウトしてまとめて、バインダーに挟んで立ち上がった。
「じゃあ俺も政府所属組んとこ行ってくるから。サボんなよ」
「はいはい、いってらっしゃいな」
 頬杖を付きながらぽちぽち一本指でキーボードを叩く宗三を尻目に、部屋を後にした。ありゃ、まだしばらくかかるな。

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