こちら政府末端便利屋本舗 - 4/5

「担当者様。いらっしゃったのですか」
「ああ、政府刀剣の引き渡し手続きは終わったからね。そっちの塩梅はどうかな」
「滞りなく進んでいます」
 刀を鍛える鍛刀場と、刀を解かす刀解場は全く同じ作りになっている。違いは台の上に資材を置くか、刀を置くかだ。
 刀解を希望したのは七割、その中でもひときわ短刀が多かった。この世とあの世の境の護衛にとでも思うのだろうか。
 今もまた、八寸二分ほどの長さの短刀が、熱せられて解けていく。台の前に立つ一期一振に抱きかかえられている信濃藤四郎の姿が、うっすら陽炎のように揺れて消えた。
 次に、鳴狐が前に出て台の上に本体を乗せる。お付きのキツネが不安そうに足元をぐるぐると回っていたが、終いには諦めたように鳴狐の肩の上に乗り、頬ずりをひとつして、本体の上に舞い降り丸まった。
 先ほどの信濃のときと違って、そわそわと遠慮を見せる一期一振に対し、鳴狐の方から両腕を広げてみせる。
「またね」
 ぼそりと朴訥とした声だったが、不思議とよく響いた。その声に後押しされたように、がばりと一期一振が、鳴狐の小さな体に抱きつく。
「弟たちをよく見送ったね。お疲れ様」
 一期一振の震える背中を撫でる黒手袋に覆われた指先が透けて、消えていった。
 しばらくそのままの体勢で固まっていた一期一振だったが、すうっと息を吸い込んだかと思うと、ぴんと背筋を伸ばしてみせた。
「お待たせいたしました、長谷部殿。私としたことが、少々取り乱したようです」
 こちらを振り向いた一期一振は、先程のような家族との別れを悲しむ兄ではなく、ひとつの刀剣男士としての立ち姿だった。
「……悔いは少ない方がいいだろう」
 ちら、と長谷部の表情を伺う。満足に別れも言えないまま、身を引き裂かれるような別れを何回も繰り返してきたこの刀は、何を思うのだろう。
 ……それが理解できないから、知人から『お前は宗三側』なんて皮肉言われるんだよな。くそ。
「あとは一期一振だけか?」
「いえ、残り源氏の二口が」
「ふぅん、今生の別れをしてたわりには、ペースはやかったな」
 こちらがこちらで会話している間にも、一期一振は躊躇なく台に自分の本体を乗せる。
 そしてあらためてこちらに向き直ると、優雅に一礼してみせた。
「この度はまことにありがとうございました。この世に残る弟たちも、今度こそは立派に努めを果たしてみせるでしょう。私はこれにて失礼いたしますが、もし何かの機会がありましたら、弟たちをどうかよろしくお願い致します」
 ほぼ直角に腰を曲げたまま、一期一振の姿が薄れていく。炉の火がひときわ明るく燃えたあと、そこには何も残っていなかった。
「さて、あとは源氏の二口だが……おい膝丸! 髭切はどこへ行った!」
「はいはい、僕と弟はここにいるよ。えっと……黒い衣装の子」
「へし切長谷部だ、兄者」
 声に後ろを振り向くと、誂えたかのように二口ぴったりな兄弟の姿があった。
「うんうん、みんな行っちゃったねえ。僕たちも行かないとね」
 相変わらず何を考えてるのか、何も考えてないのかよくわからないふわふわとした笑みを浮かべる髭切の隣で、今から切腹でも決めるのではなかろうかという面持ちの膝丸がいて、笑い事ではないとわかってはいたがついつい口元が引きつってしまった。表情としては多分膝丸が正しい。
「ねえ人の子、これって一度に二口解かすことってできるのかい?」
「え、俺ですか? うーん試したことがないからなんとも……」
「担当者様を困らせるな、さっさとどちらが先に解けるか選べ」
 腕組をして源氏の二口に圧をかける長谷部。どうやらどちらが先に解けるか決めかねて、一番最後になってしまったらしかった。
「でもねえ、僕らは違う鉄から生まれて、兄弟として並べられてきたんだよ。最期くらいは同じ鉄に還りたいと思わない?」
「あ、兄者……!」
 髭切の言葉に、悲壮感すら漂っていた膝丸の顔がとたんに輝き出す。その変わり様にこっそり笑っていたら、斜め上から思わぬ言葉が刺さって笑顔が凍りついた。
「だって君だって、叶うことなら一緒に解けたいんだろう?」
 長谷部の表情を見るのが怖かったが、見ないと何も始まらないので恐る恐る伺う。
 案の定、すべての感情が漂白されたような真っ白い顔をしていた。
 違うのかい?と天然でとどめを刺してくる兄者の口を、膝丸が慌てて塞ぐが腹水は盆に返らない。というか髭切はなんでそんなこと知ってるんだ、あの本丸では長谷部と髭切は仲が良かったのか?しかし仲がいいならなおさらこんなこと言わないよな?
 部外者ふたりの混乱をよそに、髭切は自分の口から膝丸の手を引っ剥がして続ける。
「あの桃色の子が折れるくらいなら、皆殺しにした上で後を追ってやるって気概を感じたんだけれど。違ったかなぁ」
「……は?」
 ちょっと待て、思ってたのと違う。
 髭切以外は全員そう感じたようで、奇妙な沈黙が場を支配した。
 しかしそこは伊達に兄者を扱いつけていない。一足早く回復した膝丸が、詳しく解読していく。
「兄者、それはつい先日の話か?」
「そうだよ。前の主が兜くんに斬られて袈裟の子に首を落とされた時〜」
「それで、なぜ一緒に解けるという話が出てくるのだ?」
「ありゃ、弟は見てなかったのかな、黒服くんの顔。兜くんが刀を抜いたとき、こちらに斬りかかってくるようなら返り討ちにしてやるって顔してたよ。物騒だよね〜」
 長谷部が物騒なのは否定しないが、ゆるふわ物騒の名を欲しいままにしている髭切には言われたくないと思う。
「僕と弟とは違うかもしれないけど、離れたくないんでしょう」
 髭切はひどくまっすぐな目で長谷部を見ている。見られている長谷部は、どこか放心したような、意識の埒外から隕石が降ってきたような顔をしていた。
 その様子を見ればわかる。
 はあ、なるほどね。脈がないわけではなかったと。
 一人だけ蚊帳の外のままうろうろしている膝丸をまるっと無視して、髭切はあらためてこちらに問いかけてくる。
「で、できるの? できないの?」
「う、ううーん……一応やってみます?」
「そうだね、ものは試しだ。ほら弟、お前もおいで」
「あ、ああ?」
 すんなり刀を台の上に置く髭切と、まだ混乱を残したままその隣に添えるように刀を置く膝丸。
 どうやら二本同時でも問題ないようで、通常よりもゆっくりと刀が分解されていく。
「ほら、笑って笑って」
「ふあ、ほほをつねるな兄者」
 もうこちらのことなど忘れたかのように、髭切は膝丸のことしか見ていない。膝丸も結局何がなんだかわからなかったようだが、兄者が上機嫌ならどうでもよくなったようだ。正直どうかと思う。
「最期に見るのはお前の笑った顔がいいからね、ほらお笑いよ、弟」
「……なら、これが最期というのなら、一つだけ我儘を聞いてはくださらんだろうか」
「なあに?」
「俺の名前を呼んでくれ……兄者」
 切羽詰まった顔の膝丸に、髭切は困ったように微笑む。もう半分以上透けかけた手で、同じように透けかけた膝丸の頬を包んで、目を閉じて額をくっつけた。
「……たとえお前がどんな名前であろうとも、お前は僕の弟だよ」
「……そうか。兄者がそうおっしゃるのであれば、俺はもう何も言うまい」
 そうして二振りのとても仲のいい兄弟は、きらきらと解けて消えていった。

 

「……ええと、長谷部? 大丈夫か?」
 髭切から言われた言葉から立ち直れずに、二口が消えたあともぼんやりしていた長谷部の目の前で手を振る。俺の呼びかけでようやくはっと意識を取り戻したようで、反射的にかがたりと一歩後ろに下がった。
「あ、え、は……大丈夫です。ご心配おかけしました」
 すぐにいつもどおりの笑顔を浮かべようとするも、どこか口元は引きつっているし、視線も浮ついている。どう見たって大丈夫ではなかった。だが、それを指摘する前に長谷部が畳み掛ける。
「これにて刀解希望の刀、全口完了いたしました。刀解による資材の量も計算通りです。これらの資料を管理課へ持っていかねばなりませんので、失礼いたします」
「え、いやお前ちょっと休んでったら……」
 くるりと後ろを向いて歩き出そうとした長谷部だったが、案の定ふらついてコケかけている。なんとか踏みとどまったが、どうにも歩き方が怪しい。すぐに後ろから駆け寄って、腕の中の書類を奪った。
「あ……!」
「数十振り分の刀解の立ち会いなんて疲れたろ。少し休んでこい。こんなもん誰が提出しても一緒なんだから」
「……申し訳ありません」
 しゅんと頭を下げる長谷部の頭に手を伸ばして、少し跳ね気味の髪を撫でてやる。
「羽を伸ばせるのは事務所なんだが、今宗三がいるからなー……共有設備棟の談話室でも行ってきな」
 宗三、の単語にびくりと反応するあたり、ほんとに脈アリなんだなと内心驚く。大包平といい髭切といい、平安刀すごいな。まあ長谷部も今自覚したばかりみたいだし時間も必要だろ……
 遅れて恥ずかしさでもやってきたのか、真っ赤に染まった顔は見ないふりをしてやって、背中を叩いて送り出した。

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