「お前は、情が深い刀だから」 - 3/5

 あの時の言葉からそんな気はしていたのだが、一度きっぱりと断ったというのに、あれ以降も長谷部はこちらに誘いを掛けてくる。周りに他の刀の気配がないと見るや、すぐこちらにしなだれかかって、あの蜜が滴りそうな甘い声で「抱いてくれ」と囁いてくるのだ。しつこい、本当にしつこい。
 長谷部が執念深い刀だというのは知っていたが、ここまで執着されるとは思わなかった。理由も、あれだけの言葉ではさっぱりわからない。
 その気はなくても、ああまで官能的に誘われ続けると、気の迷いが起きそうになる。なまじ、普段がきっちりと着込んで「色事なんか知りません」といったすまし顔をしている長谷部にああいったことをされると、意識したくなくてもしてしまう。勘弁してほしい、完全に相手の思う壺だ。
 できるだけ一口にならないよう気をつけてはみるものの、それもそれでストレスが溜まる。最初に言ったように、僕はわりあい一口の時間が好きなのだ。それも、部屋にこもっているのよりは、たとえ仮初だとしても外の空気を吸っている方が気持ちいい。
 けれど、何かセンサーでもついているかのように、毎回長谷部がやってくるので、その度に苛々と、あとは微かに煽られ続ける長谷部に対する邪な欲が、募り募って余計に苛々とする。どうしようもない悪循環になっていた。

———

 その日はひとつの時代の出陣に片がついて、軽く祝賀ムードのあった日だった。浮いた空気に誰かが酒を持ち出して、飲める刀は好き勝手に飲みだしていた。たまにはいいだろうと、自分も嗜む程度に飲んでいた。けして酔っていたわけではない、けれど気は緩んでいたのだろう。
 同じように、おそらくは今まで同郷と飲んでいたのであろう長谷部が、一口で飲んでいたこちらに近づいてくる。周りの賑やかさが少し鬱陶しくて、ひとから離れたところで飲んでいたのが災いした。
 こちらに周りの目がないと見るや、いつものように婀娜っぽい微笑みに変えて、肩に寄りかかるようにしなだれ隣に座り込む。
「なぁ、そろそろ抱いてくれる気になったか?」
 またそれか、とうんざりすると同時に、その媚びるような声にムラッときたのは否定しきれない。怒りと性衝動は似ているな、とヤケになりつつある頭で考えた。
 手の中にあった盃を一口で干して、乱暴に卓に置く。
「そうですね。そこまでしつこいなら、一度くらいは抱いてやってもいいですよ」
「本当だな?」
 しまった、と思うより早く長谷部の嬉々とした声が返ってきて、改めてやらかした、と思う。迂闊なことを言うんじゃなかった、冗談だと否定する隙なんかくれやしない。
「ならお前の部屋に行くぞ。それとも、俺の部屋の方がいいか?」
「勝手に話を進めないで下さい。今日今すぐにとは言ってないでしょう」
「だが、間を開けたらお前は『冗談だ』と逃げるだろ」
 読まれている。まさにその通りで、一晩開ければやり過ごせるだろうと思っていたのに。
 先ほどから、長谷部が喋るたびに、こちらの耳に温かい息がかかる。ついでに唇で軽く食んでこようともするので、くすぐったいやら性欲を煽られるやらで落ち着かない。たまらず隣の長谷部の顔を手で払い除けたら、今度は首筋に顔を埋めてきた。ここでも鎖骨を舐めてきたので、後ろ頭を引っ掴んで無理やり引き剥がす。
「商売女もびっくりの強引さですね、貴方。そんな手管どこで覚えてくるんです?」
 べ、と悪びれなく舌を出した長谷部が、こちらの憎々しげな顔など頓着もせず笑う。
「触れて煽れば盛るのはどんな男でも同じだろ。何我慢してるんだ、さっさと手を出してくれよ」
 チッ、と思わず漏れた舌打ちは確実に長谷部にも聞こえただろうに、上機嫌で笑うだけだ。
「お前からようやく言質取れたんだ、少しはその気になったんだろ? ならその気があるうちにさっさと布団に行くぞ」
 はあ、と特大のため息をついて、後ろ頭を掴んだままの手を離す。これはもう、一度は付き合ってやらないと解放して貰えそうにない。煽った責任くらいは取らせてやる。
「貴方の部屋で」
 端的に吐き捨てて立ち上がり、さっさと長谷部を置いて部屋を出る。きっと妖しく笑っているだろう長谷部の顔など見てしまったら、余計このイラつきが酷くなりそうだったので。

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